観測成果

マカリィ・スクール: 長野高専・天文部の成果

2006年3月27日

長野高専・天文部
顧問:
大西浩次先生
学生:
柴田晃佐君
  熊川銀河君
  山田英史君

学校・クラブ紹介
 国立長野高専 (独立行政法人国立高等専門学校機構 長野工業高等専門学校) は5年制の高等専門学校です。機械工学科、電気電子工学科、電子制御工学科、電子情報工学科、環境都市工学科の5学科 (1000人)、および専攻科 (40人) からなり、本科卒業生の約6割が国立大学3年生に編入や専攻科に進学、約4割が就職します。天文部は創立8年目の若いクラブですが、高専の技術教育と5年生までいるという特性を生かした部活動を行なっています。


ヒロオフィスのコンピュータールームを見学

日ごろのクラブ活動
 部員は1年生から5年生まで約40人です。活動の中心は流星電波観測と月1回の合宿です。メンバーは、観望派、合宿参加派がメインですが、電気工作班、プラネタリウム制作班、プログラム制作班など、星をキーワードに集まっている人々です。しし座流星群のころ、天文部の学生が流星電波観測で卒業研究をしたいということで、天文部で流星電波観測用のアンテナを作ったり、解析用プログラムを作ったりという活動が始まり、卒研の様子などを見ていた1、2年生が秋に研究班を作って活動を始めるパターンが出来ました。
 卒業研究の多くは、天文学会の年会で発表していますし、1-3年の学生の研究はジュニアセッションで発表しています。例えば、2003年火星の大接近時のとき、高校生観測ネットワークを通じて、「すばる望遠鏡」の観測データを提供してもらい、中間赤外線による火星画像を解析して、火星の表面温度分布や比熱などを求める研究などをしてきました。

応募までの道のり
  「すばるマカリィ・スクール」の話を聞いて、直ちに応募する事を決心しました。まずは、すばる望遠鏡を用いて行う研究方法をまとめた観測提案書を書くことです。当初、私たちメンバーの一人の名前でもある「銀河」をたくさん撮ってみたいという素朴な考えから始めて、「観測装置FOCASの視野に複数の銀河が写ったほうが面白い」、「では対象天体が小さいほうがいいのではないか」、「それならコンパクト銀河群がいいのではないか?」と話し合いを重ねながら観測テーマや対象天体を探していきました。
 そのとき、すばる望遠鏡に微光天体分光撮像装置 FOCAS を取り付けて撮像したスターバースト銀河 M82 の写真が印象的だったのを思い出しました。銀河中心から爆発的に電離水素ガスが噴き出す姿です。
 「そうだ、銀河の水素を見たらどうだろうか」、「星の生成領域や激しい衝突現象が見えるかも知れない」、「それならば水素輝線で銀河の衝突現場を見よう」ということになり、狭い領域に複数の銀河が群がっているヒクソン・コンパクト銀河群 (HCG) のカタログの中から FOCAS の視野サイズに入る銀河を探し出し、「水素輝線による銀河の相互作用の観測」というタイトルで観測提案書を書き上げました。
 書類審査の通過後は、公開審査です。当日は、前期中間テストの最中でした。発表の前日に学校でテストを受け、長野から東京へ移動です。発表用の原稿を作るために徹夜をして、まさに発表の直前にプレセンテーションができあがりました。


観測中の3人

いよいよ観測本番
 私たちがマウナケア山頂のすばる望遠鏡に到着したときには、すでに観測準備が整っていました。特定の光だけを通す狭帯域フィルターを使用するため、まだ空が明るい薄明中から HCG79 の撮像を開始します。観測をはじめて、すぐに最初の画像がディスプレイに現れました。試しに撮影した、たった10秒露光の画像は、他の望遠鏡のいかなる画像よりはるかによく写っていました。さすがは世界一の望遠鏡だと感じた一瞬です。
 続いて本格的な撮像をはじまり、ディスプレイ上の画像のコントラストを調整しながら作業を進めていると、あっという間に観測時間が終わってしまいました。時間は短かったものの、目的である水素輝線を解析するために必要なデータは得られました。


日本へ中継中の観測室

日本への中継
 高速インターネット回線を利用した日本への中継は、観測方法や観測室の様子を紹介し、それに対する会場からの質問に私たちが答えるという形で進行しました。ハワイと東京が 6,000km も離れているということを感じさせないスムーズな映像です。司会の唐牛宏ハワイ観測所長からマイクが回ってきたときには緊張しましたが、うまく説明できてほっとしたことをいまでも覚えています。

得られた成果
 コンパクト銀河群は、銀河数密度が高く、かつ低速度分散のため、銀河間の相互作用と銀河進化の過程を探る良い対象です。「セイファートの六つ子」と呼ばれるヒクソンコンパクト銀河 79 (Hickson Compact Group of Galaxies 79、以後 HCG79) は、中でも最も銀河数密度の高い群です。HCG79 の銀河間相互作用による銀河形態と星形成率を求めるため、すばる望遠鏡の FOCAS に2種類の狭帯域フィルターN664 (中心波長=664nm、半値幅=8nm、注1)、N642 (中心波長=642nm、半値幅=13nm) を取り付け、電離水素輝線 (Hα、波長656nm ) 分布を測定する撮像観測を行ました。
 遠方の銀河は私たちから高速で遠ざかっているため、観測される銀河の光の波長はドップラーシフトにより長くなります (赤方偏移)。HCG79 の光も赤方偏移 (平均後退速度= 4.5 x 103 km/秒) により、観測される Hα輝線の波長は 666nm になります。以上から、N642フィルター で撮像した画像は連続光、N664 は連続光とHα輝線を含んでいます。
 撮像は、N664 フィルターで総積分時間が2700秒、N642 フィルターで総積分時間1260秒、さらにBバンドフィルターで480秒でした。
 Hαの分布図の Hαマップは、1次処理の後、周囲の星の連続光光度をあわせた N664 と N642 のそれぞれの画像を作り、N664 から N642 の画像を引き算する方法で作成しました (図1)。Hαの光度は、分光標準星 Feige110 の測光の値とHCG79の距離 (約2億光年、注2) より求めました。
 これらの結果、

(1) 潮汐腕 b1 および、c 銀河西側に広がるエンベロープにHαが検出できないことか
ら、これらは古い星である (図2)
(2) d 銀河は、a 銀河と相互作用しており、複数の星形成領域がある。総Hα光度が
1.0 x 1040 erg/秒 [注3] であり、この値から求めた d 銀河の星形成率は一年あたり
太陽質量[注4]の 0.3倍であること(図3)

などがわかりました。

図1:HCG79の水素輝線マップ。左よりN642による画像、N664による画像、水素輝線の画像。画像の上が北、左側が東。

図3:HCG79 の d 銀河と a 銀河の電離水素輝線の画像 (疑似カラー)
図2:N642とN664 フィルターの全画像を合成した。HCG79 を取り巻くエンベロープの様子

3色の疑似カラー合成した HCG79

[注1] nm (ナノメートル):長さの単位で、1nm は10億分の 1m
[注2] HCG79 の距離は Hickso, Mendes de Oliveira, Huchra, & Palumbo 1992, ApJ 399, 353 および理科年表による
[注3] erg (エルグ) :エネルギーの単位で、1erg は 10-7 J (ジュール)
[注4] 太陽質量:約2x1030 kg

参加した学生のこれから
 3人の部員は、2006年春に高専の3年生になり、それぞれ専攻の学科に分かれてより専門的な勉強をすることになります。引き続き、解析を進めていく予定です。

学生たちの感想 (学生の文章です)
柴田晃佐君:
 実際にハワイへ行ってたくさんの人々に会った。観測の方法について様々なアドバイスをくれた家正則先生。ずっと面倒を見てくださり、日程の説明や、予定の確認をしてくれた布施哲治先生。僕達のために観測時間の延長を必死に交渉してくれた林左絵子先生。中継を円滑に進めてくれた唐牛宏先生。その他、僕達のために協力をしてくれた国立天文台天文情報センターの縣秀彦先生をはじめ、たくさんの人たち。みなさんを見て、ぼくは「はっと」しました。ただ、自分たちが研究するだけではない。この企画のために多くの人が動いている。プロより断然劣っている自分たち。その足りない部分を補ってくれているのはこの人たちだ。ここで感じたことや、経験を今後の活動に活かしていきたいです。

熊川銀河君:
 今回の体験では実際に望遠鏡や装置を見たり、いろいろな方のお話を伺い自分の将来について考えたりすることができました。特に印象に残っているのが、観測装置を製作していた東谷さんの講演でした。中でも「私たちは最新のものを作っているため、教えてくれる人はいない。すべて自分たちで何とかしなければならい」という言葉でした。この体験を胸に、日々精進していきたいと思います。

山田英史君:
 今回の観測では、初めて「すばる望遠鏡」を見たり、本物の観測の現場を体験できたりと、貴重な体験をしました。望遠鏡で銀河を「見る」とはどういうことなのか、「観測」をすることとはどれほど大変なことなのか、当初はとても安易に考えていました。高校生が国内最大の望遠鏡を使う。それだけでも大変な意味があると思います。まだ、解析の勉強中です。この貴重なデータを胸を張って発表できるようにしたいです。

※本リリースは、長野高専天文部の顧問・大西浩次先生と3人の学生たちによる原稿を元にしています。

 

 

 

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