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アルミニウム蒸着作業にもちいるフィラメントの詳細

 「フィラメント」は望遠鏡に金属の反射膜を作る蒸着作業で使われるものです。身近なところでは豆電球などに使われていますが、すばる望遠鏡の主鏡のメッキに使うフィラメントはくるくると巻いた長さが19cmもあります。ガラスの直径が8m30cmの1枚の鏡、主鏡の全面に反射膜を作るためには、この大きさのものが1度に288本必要です。素材のタングステンは米国から素線として日本に送り、仕様に従って整形されてからハワイに送られてきます。一旦日本に行くのは、通常の規格サイズにはない形にする加工技術を持つ企業が日本にあるためです。ハワイ観測所に送られた後はさらに、アルミニウムを溶かしつける加工がされます。フィラメントの形もそこに載せるアルミニウムの素線の形も、ハワイ観測所の技術者たちがメーカーとの協力も得て、何百回もの試行錯誤で考え出したものです。こうした工程を経て「すばる望遠鏡用特製フィラメント」が出来上がります。

 望遠鏡があるマウナケアは、火山活動を休止している山です。山頂は、赤茶けた火山れきや火山灰で覆われており、いつも風が吹いています。この風によって細かな火山灰が舞い上がるので夜ドームを開けて観測すると、望遠鏡の主鏡は火山灰で次第に汚れてしまいます。定期的にCO2クリーニングという掃除をしていますが、使い続けている間にこびりついてしまった油汚れや表面の変色などが反射面を劣化させてしまいます。このためおよそ3年ごとにアルミニウムのメッキをやり直しているのです。

 蒸着作業は望遠鏡から主鏡を取り外し、その間の観測は中断して約1ヶ月間かけて行われます。主鏡は約23トンで、それを支える主鏡セルと合わせると約63トンもあり、頻繁に取り外すことはできません。外した際には、蒸着作業以外にも駆動部分などの点検や調整等が念入りに行われます。主鏡セルとともにクレーンにつられてゆっくりとドームの下の階に運ばれてきた主鏡はセルから取り外された後、古くなった反射面のアルミニウムを溶かす洗浄作業により、研磨終了時のような透明なガラスの姿を見せます。塩酸などの薬品を使って反射膜を溶かす作業はガスマスクをつけた危険な仕事です。ただでさえ空気の薄い山頂では頭がクラクラし、判断能力が落ちてしまうという状態なので作業はとても過酷です。

ここから鏡のお化粧直し、蒸着作業が始まります。装置は大きな主鏡をすっぽりと包むことができる直径9mの球に近い上部と鏡を載せている下部の台車を合わせた巨大な真空容器です。フィラメントは上部に取り付けられ、電圧をかけると、熱を発しやすいタングステン(融点3,407℃、沸点5,555℃)の温度が上がり、表面からタングステンよりも熱で溶けやすいアルミニウム(融点660℃、沸点2,520℃)が蒸発します。まっすぐ飛び出したアルミニウムは鏡の表面に薄い膜を作ります。このとき作業中の装置の中は上部に取り付けられているポンプで内部の空気を抜き真空にしています。装置内に空気があると、アルミニウムが蒸発して飛ぶ際に邪魔になり、主鏡の表面に純度の高い均一な膜を作ることができなくなるためです。

宇宙の鮮明な姿を映し出すために反射膜は均一に作られなければいけません。そのためにはフィラメントの品質管理がとても大切です。実は、リハーサルおよび予備も含めて約1000本ものフィラメントが作られています。本番で使われるものはその中で選びに選び抜かれた究極の288本なのです。フィラメントの一部だったアルミニウムは今、すばる望遠鏡の一部となり、日々夜空を見上げながら遥か遠い宇宙からの光を捉え続けています。

 

 

 

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