観測成果

「すばる望遠鏡、遠方宇宙の銀河からの強力な紫外線の検出に成功
- 宇宙暗黒時代の終わりの解明に向けて前進」

2009年2月9日

概要

 国立天文台、大阪産業大、東北大、フランスなどの研究者からなる研究グループは、すばる望遠鏡を用いて、約120億年前の多数の銀河から、水素原子をイオン化する強い紫外線 (イオン化光) の検出に成功しました。これは、宇宙誕生から約10億年後 (およそ125億年前) に起きた「宇宙暗黒時代の終わり」=「宇宙再イオン化」という現象の謎を解明するための重要な成果です。宇宙再イオン化は、宇宙初期の銀河からのイオン化光により引き起こされたと考えられていますが、銀河からイオン化光を検出した例はこれまでわずか2例しかなく、実際に銀河がどれくらい宇宙再イオン化に貢献したのかは分かっていませんでした。今回発表された研究では、すばる望遠鏡主焦点カメラの性能を活かした観測手法によって、一挙に17個もの銀河からイオン化光を検出し、このような遠方銀河が宇宙再イオン化に大きな役割を果たしたことが示されました。この研究成果は、謎に包まれている「宇宙暗黒時代の終わり」の解明に向けた重要な一歩と言えるでしょう。

 

イオン化光と宇宙暗黒時代の終わり

 ビッグバンから約1分後、宇宙には陽子と中性子、および電子だけが存在していました。当時の高温の宇宙でそれらはばらばらに飛び回っていましたが、宇宙の膨張にともなって温度が下がると、陽子と電子が結合して水素原子になりました。その後も宇宙は膨張をつづけ、徐々に冷えていきました。この時代にはまだ天体は生まれておらず、「暗黒時代」と呼ばれています。この暗黒時代は、宇宙最初の天体からの光によって終わりを迎えました。 これらの天体からの光のうち、91.2ナノメートル (注1) よりも波長の短い、強いエネルギーをもつ光(イオン化光)は、水素原子を陽子と電子に分離する(イオン化する)ことができます (注2)。次々と生まれる天体からのイオン化光によって、宇宙誕生から約10億年後(およそ125億年前)までに、宇宙空間(銀河間空間)のほとんどの水素原子がイオン化されたことが分かっています。いったん結合した陽子と電子が再び分離しイオン化したこの現象を、「宇宙再イオン化」と呼びます (注3)。その後、銀河間空間はほとんどがイオン化されたまま、現在に至っています (図1)。最初の天体の誕生と宇宙再イオン化は、宇宙の暗黒時代を終わらせ、銀河、星、惑星などさまざまな天体が存在する現在の宇宙へと導く画期的なできことでした。

 すばる望遠鏡などにより、宇宙再イオン化時代の天体が少しずつ見つかってきています (注4) が、宇宙再イオン化はまだ謎に包まれています。特に、どんな天体が宇宙再イオン化を引き起こしたのかが分かっていません。候補の一つとして、巨大ブラックホールを中心に持つ明るい天体、クェーサーがありますが、宇宙再イオン化の時代にはクェーサーは非常に数が少なく、宇宙全体をイオン化することはできなかったと考えられています。一方、恒星の集団である銀河は、クェーサーよりも暗いものの、数が多いため宇宙再イオン化の主役であった可能性があります。しかし、これまでの研究には大きな問題が一つありました。銀河からどれくらいイオン化光が放射されるのか、まったくと言っていいほど分かっていなかったのです。実際、これまでにイオン化光が検出された銀河はわずか2例でした (注5)。このために、銀河がどれくらい宇宙再イオン化に貢献したのかは、よく分かっていませんでした。

 

今回の観測の特徴と意義

 2007年9月10日 から 14日にかけて、すばる望遠鏡主焦点カメラによるイオン化光探査の観測が行われました。この観測では、これまでに行われてきたイオン化光探査の手法とは異なる工夫がなされました。従来は、91.2ナノメートルよりも短い波長で放射されたイオン化光をとらえるため、天体の光を虹のように波長ごとに分けて観測する、分光観測という手法がほとんどでした。分光観測は光を細かく波長ごとに分けてそれぞれの強さを測定できる一方、微弱な信号をとらえるのは苦手です。これに対し、今回の観測では通常の写真と同じような撮像観測が行なわれました。ただし、イオン化光だけを抽出するために、観測対象の距離にあわせた特別のフィルターを製作して用いました (注6, 図2)。これにより、分光観測以上に効率的にイオン化光を測定することが可能になったのです。さらに、すばる望遠鏡の主焦点カメラは約0.5度角という、大型望遠鏡としては類をみない広い視野をもっているため、たくさんの銀河について一度に探査を行うことができます。今回対象としたのは SSA22 (注7) と呼ばれる天域で、ここには約120億光年の距離に若い銀河の大集団が存在することが分かっていました。このため、すばる望遠鏡主焦点カメラの一つの視野内にある120億光年かなたの198個もの銀河のイオン化光を一斉に調べることができました。今回の観測により、198個の銀河中17個からのイオン化光が検出されました。これは、従来の検出例を大幅に上回る数であり、すばる望遠鏡による広視野の撮像観測がイオン化光の探査に極めて有効であることを実証したといえます。興味深いことに、いくつかの銀河では理論的予想を上回る強いイオン化光が検出されました。これは、遠方宇宙の若い銀河の少なくとも一部は、これまで考えられていたよりもはるかにたくさんのイオン化光を放射していることを意味します。このような強力なイオン化光を出す銀河が、宇宙の再イオン化において重要な役割を果たしたのかもしれません。また、いくつかの銀河では、イオン化光の放射位置と銀河の本体の位置がずれているように見えます (図3)。このことは、銀河からどのようにイオン化光が出ていくかを調べるためのヒントになりそうです。これらの新しい発見は、銀河が、そのなかでどのように星を生み育み、現在見られるような美しい姿になったのかを論じる、「銀河進化論」においても貴重な資料となるでしょう。

 

今後の展開

 今回の観測結果は、すばる望遠鏡の世界的にも類をみないユニークな観測能力を活かして、これまであまり進んでいなかった宇宙初期の銀河からのイオン化光の観測を飛躍的に進展させたものです。どんな天体が、どのように宇宙再イオン化を起こしたのか、今回の結果はその謎に迫る重要な手がかりとなる発見です。今後、新たな観測装置などを用いた追究観測によって、人類がまだ見たことのない、「宇宙再イオン化」=「宇宙暗黒時代の終わり」に何が起こったのかを明らかにすることが期待されます。

 

 本研究の成果は、2009年2月発行の米国のアストロフィジカルジャーナル誌に発表される予定です。 研究論文: "Detections of Lyman Continuum from Star-forming Galaxies at z〜3 Through Subaru/Suprime-Cam Narrow-band Imaging", I. Iwata, A. K. Inoue, Y. Matsuda, H. Furusawa, T. Hayashino, K. Kousai, M. Akiyama, T. Yamada, D. Burgarella, and J.-M. Deharveng, 2009, The Astrophysical Journal, Volume 692, Issue 1 掲載予定




注1: 1ナノメートルは10億分の1メートル、あるいは、100万分の1ミリメートル。ちなみに可視光は波長 380 から 780ナノメートル程度です。

注2: 通常の宇宙の観測においては、91.2ナノメートルよりも波長が長くエネルギーが弱い「非イオン化光」を観測しています。

注3: イオン化は「電離」とも呼ばれ、宇宙再イオン化は「宇宙再電離」とも呼ばれています。

注4: すばる望遠鏡プレスリリース 2006年9月13日 「最も遠い銀河の世界記録を更新」、 すばる望遠鏡プレスリリース 2006年5月25日 「ガンマ線バーストで探る初期宇宙」など

注5: シャプレーほか、アストロフィジカルジャーナル 651巻 688ページ (2006年)。このほか、たくさんの遠方銀河のスペクトル画像を重ね合わせて信号を増幅することで検出した報告が2001年になされています(スタイデルほか、アストロフィジカルジャーナル 546巻 665ページ (2001年)。地球から近い銀河については赤方偏移 (注6参照) が小さく、地球大気の吸収のため地上から観測することができず、人工衛星での観測が必要になります。これまでの観測では、イオン化光を検出したという報告が一つありましたが、この結果が正しいかどうかは議論が起きており、決着はついていません。

注6: 宇宙膨張のため、遠方天体からの光は地球に届いたときには見かけ上波長が伸びて赤く見えます。この波長の伸び率を表わすのが赤方偏移で、天体までの距離の指標としても利用されます。イオン化光は、通常は波長 91.2ナノメートルより短い紫外線ですが、地球に届いたときは赤方偏移により波長が長くなっています。例えば今回観測した約120億光年の距離にある銀河からの波長 90ナノメートルのイオン化光は、地球では波長約 360ナノメートルの光として観測されます。

注7: みずがめ座の方向にある (図4)。すばる望遠鏡を用いた、SSA22 の銀河大集団についての成果としては、松田ほか、アストロノミカルジャーナル 128巻 569ページ (2004年) や林野ほか、アストロノミカルジャーナル 128巻 2073ページ (2004年) などがある。2006年7月26日の web リリース参照。

 

(補足: 今回の観測と宇宙再イオン化時代との関係)

 この研究でイオン化光が検出された銀河は、地球から約120億光年の距離にあり、宇宙誕生からおよそ20億年後の姿を観測したことになります。一方、宇宙再イオン化は宇宙誕生から約10億年後には完了したと考えられています。つまり、今回観測した銀河は、宇宙再イオン化が終わった後の時代の銀河です。宇宙再イオン化の時代の銀河からのイオン化光を観測することができれば、最も直接的な調査ができることになりますが、残念ながら不可能です。これは、その時代の天体と私たちとの間にある水素原子がイオン化光をすべて吸収してしまうためです。イオン化光を直接観測できるのは、今回観測した宇宙誕生後20億年の時代以降であることが分かっています (井上&岩田 英国天文学会誌 387巻 1681ページ)。
 今回観測した時代は、現在よりも活発に銀河の中で星が誕生しているなど、その性質は宇宙再イオン化時代の銀河と似ていると考えられます。そこで、この時代の年齢の若い銀河をさらにたくさん調べ、銀河の大きさ、重さ、年齢などの性質とイオン化光の強さとの関係を調べることが大切です。こうして得た関係と宇宙再イオン化時代の銀河の性質を組み合わせると、宇宙再イオン化時代の銀河のイオン化光の強さを推定することができ、宇宙再イオン化に銀河がどのような役割を果たしたのかを明らかにできるでしょう。



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図1: 宇宙の誕生から再イオン化を経て現在に至る歴史の概観図。

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図2:観測で用いたフィルターの写真。人間の目で見える波長の光は通さないため、鏡のように天井が写っている。

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図3: イオン化光と非イオン化光でみた約120億年前の銀河の姿。非イオン化光の画像上には、イオン化光の強度が等高線で示されている。いくつかの銀河では、イオン化光の位置が非イオン化光の位置とずれているように見える。観測した銀河の距離では、5秒角は約12万光年に相当する。

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図4: SSA22 の位置。株式会社アストロアーツ ステラナビゲータにより作成。






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