観測成果

すばる望遠鏡、127億年前の宇宙に超巨大ブラックホールを発見

2006年8月29日

 宇宙航空研究開発機構の後藤友嗣研究員は、すばる望遠鏡を用いて、かに座の方向の127億年前の宇宙に、活発に物質を飲み込んで明るく輝く超巨大ブラックホール(クエーサー)を発見しました。これは日本の研究者によって発見された中では最遠方のクエーサーです。その超巨大ブラックホールの質量は、太陽の約20億倍と見積もられ、このような大質量のものが、宇宙誕生後わずか10億年程度で形成されたことは、超巨大ブラックホール形成の理論に大きな制限を与えることになります。また、クエーサーからの光の中性水素による吸収が完全でないことから、宇宙の再電離は、このクエーサーの方向において、127億年よりも以前であったことがわかりました。今後、すばる望遠鏡を用いて遠くのクエーサーを系統的に観測することにより、様々な方向での宇宙再電離の時期が明らかにされ、その理解が深まると期待されます。

 宇宙は現在より 137 億年前に起こったビッグバン (熱い火の玉) から誕生しました。最初は電子と原子核がばらばらの電離状態にあった宇宙は、その後、膨張とともに冷え続け、宇宙誕生後約 30 万年後頃には、電子と原子核が再結合し中性の状態になりました。しかしながら、現在の宇宙空間では水素原子核と電子が、再び電離された状態で存在することが知られています。 この宇宙の再電離の時期、過程を解き明かすことは、現代の天文学の最重要課題の一つとなっています。

 現在有力な説では、宇宙のどこかで生じた天体、星か超巨大ブラックホール (注1) から出る紫外線放射により、宇宙は再電離されたと考えられています。しかし、この宇宙再電離の時代は、約 120 億光年以上の彼方という非常に遠方であるため、直接観測が大変難しく、いつどのように起こったのかはっきりわかっていません。

 この宇宙再電離の時代に直接観測のメスを入れることができる天体が、遠方にある、大量の物質(ガス)を飲み込んでいる超巨大ブラックホール (クエーサー) です。クエーサーは、紫外線から可視光線にかけて、非常に明るく輝くため、120 億光年以上の彼方にあっても、現存の望遠鏡で中性水素による吸収(ガン・ピーターソンの谷という連続的に暗い領域 [1]) を調べることができ、その結果、その方向で宇宙がどの程度電離されているか調べることができるからです。しかしながら、遠方のクエーサーは、普通の銀河に比べて数が非常に少なく、広い天域を探さなければ発見できないような、たいへん見つけにくい天体です。

 後藤研究員はは、まずスローンデジタルスカイサーベイ [2] の 2.5m の望遠鏡で撮られた 6670平方度 (全天の約 6 分の 1)、1 億 8000 万個の天体に及ぶ膨大なデータの中から、クエーサーが赤方偏移 (注2) したときと同じ赤い色をした天体を約 300 個選び出しました。さらにこれらの候補天体をアパッチポイント天文台 3.5m 望遠鏡、およびマウナケアの3.8m 英国赤外線望遠鏡を使用し、近赤外線で撮像観測しました。これにより、可視光線ではクエーサーと似た色をした星の混入を、赤外線の情報を用いて取り除き、藁の山から針を探すような作業を経て、1 億 8000 万個の膨大な天体の中から最終的に 26 個の候補天体を選び出しました。これらの候補天体をすばる望遠鏡の FOCAS 装置で分光観測することにより、見事にかに座の方向に 127 億年前 (赤方偏移 5.96) のクエーサーを発見することに成功しました。図1 にスペクトル、図2 に画像を示します。これは日本で発見された中では最遠方のクエーサーであり、世界でも 11番目に遠いものになります (10 番目まではすべて米国アリゾナ大学のFan博士のグループの発見 [3])。

 エディントン光度 (3) を仮定すれば、今回見つかったクエーサーの超巨大ブラックホールの質量は、太陽の約 20 億倍と見積もられました。宇宙開闢からわずか約 10 億年という短い期間に、太陽の 20 億倍もの質量をもつ超巨大ブラックホールがどのように形成されたか、その過程は未だ謎のままであり、理論的解明が待たれます。また図 3 に示されたように、クエーサーからの 8000-8300Å (4) の光が、中性水素によって完全に吸収されておらず、残光が見られることは、126-127 億年前の宇宙がすでに電離されていたこと、つまり宇宙の再電離は、このクエーサーの方向において 127 億年よりも以前に起こったことがわかりました。

 再電離は、宇宙全体において、一様に生じるわけではなく、物質の濃淡、星やクエーサーの密集度合いなどにより、場所、方向によって時期が異なると考えられています。従って、その過程を理解するためには、遠方クエーサーを系統的に観測し、様々な方向での宇宙再電離の時期を決定する必要があります。一瞬だけしか明るく輝かず、詳しい研究の困難なガンマ線バースト (注5) に比べて、クエーサーはずっと長い期間、安定的に明るく輝くため、この宇宙再電離の系統的な研究に、非常に適した天体です。研究チームは、米国アリゾナ大学チームよりも遠方のクエーサーの探査を計画しています。この発見を皮切りに、日本からも次々と遠方クエーサーが発見され、近い将来、宇宙再電離の様子が詳細に描き出されることが期待されます。この研究成果はイギリスの科学誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 誌に掲載が決定しています [4]。

参考文献:
[1] Gunn J. E., Peterson B. A., 1965, ApJ, 142, 1633
[2] Adelman-McCarthy J. K., et al., 2006, ApJS, 162, 38
[3] Fan X., et al., 2003, AJ, 125, 1649
[4] Goto T. 2006, accepted for publication in MNRAS (available at online early), astro-ph/0606493


注1:ブラックホールは、光さえも放出しない暗黒の天体ですので、望遠鏡で直接見ることはできません。しかし、物質 (ガス) が、ブラックホールの重力によって引き寄せられると、重力エネルギー (位置エネルギーとも呼ばれる) を失い、非常に高速運動するようになります。そして、ガスどうしの激しい衝突、摩擦の結果、ガスは非常に高温になり、紫外線から可視光線にかけて、非常に強い放射が放たれます。
例: http://www.naoj.org/Pressrelease/2006/02/15/j_index.html

注2:赤方偏移とは、天体からの光の波長が長波長側 (赤い側) にずれる現象のことを言います。宇宙は全体として一様膨張していると考えられているため、地球からより遠く離れた銀河ほど、地球からより速く遠ざかっており、赤方偏移の度合いも大きくなります。

注3:超巨大ブラックホールによる重力に引き付けられて、より多くの物質が落ち込むほど、超巨大ブラックホールはより活動的になり、より明るく輝きます。 しかし、明るい放射は、外向きの輻射圧として働くため、さらなる物質の落ち込みを妨げます。ある質量の超巨大ブラックホールの周囲に、単純な球対称 (薄い球殻) の物質分布を仮定した場合、輻射圧に逆らって、重力によって落ち込むことのできる物質の最大量を計算でき、その結果、超巨大ブラックホールの最大光度も予想できます。この最大光度をエディントン光度と呼び、この仮定をすれば、観測された明るさから、超巨大ブラックホールの質量を推定できます。

注4:1Å (オングストローム) は 1 ミリメートルの 1000 万分の 1 の長さです。

注5:http://www.naoj.org/Pressrelease/j_index_2006.html#060525


図1:新しく発見されたクエーサーの、すばる望遠鏡の FOCAS 装置で観測されたスペクトル。Lyα+NV の輝線、及び Lyβ+OVI の輝線が、宇宙膨張により赤方偏移 5.96 の位置にシフトしていることから、このクエーサーの光は、127 億年前の宇宙から届いたことがわかります。 (拡大画像)

図2:新発見のクエーサーの画像。波長が短い順に並べられており、 左より順に i バンド (有効波長 7500Å; 注 3)、z バンド (有効波長 8900Å;スローンデジタルスカイサーベイ 2.5m 望遠鏡にて撮像), J バンド (有効波長 13000Å; 3.8m英国赤外線望遠鏡にて撮像) のフィルターを通して得られた画像。波長の短い i バンドの光は非常に暗いのに対し、より波長の長い z、J バンドでははっきり写っているこ とから、この天体は遠方 (高赤方偏移) のクエーサーに典型的な色を示しています。

図3:図 1 のスペクトルを実際に CCD カメラに写った 2 次元の状態で示した図。スペクトルは 8000-8300Åの波長領域に、赤い矢印で示された残光を示していることから、このクエーサーの方向において、宇宙の再電離は 127 億年よりも以前に起こったことがわかります。(拡大画像)
 

 

 

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