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宇宙ライター林公代の視点 (26) : 知見、興奮、そして時間の共有

2017年5月3日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

成果を多くの方々と共有し、地元の理解を深める

すばる望遠鏡は2000年の科学観測開始から画期的な発見を続け、宇宙の起源と歴史の全体像に迫ろうとしています。また太陽系外の惑星を観測し、宇宙での生命の可能性も探っています。これらの成果をできるだけ多くの方々に広め、共有することは人類への貢献であり、納税者への責任です。

また、すばる望遠鏡は地元の理解と協力を得てハワイ島マウナケア山頂に建設・運用しています。地元の方々に活動内容を継続してお知らせし、得られた知見を普及し教育に貢献することも重要な活動であり、すばる望遠鏡を運用するハワイ観測所では 10 年以上継続して普及・教育活動を行っています。

宇宙ライター林公代の視点 (26) : 知見、興奮、そして時間の共有 図

図1: 油井 JAXA 宇宙飛行士が滞在中の国際宇宙ステーション (白い軌跡) とすばる望遠鏡。広報担当サイエンティストの藤原英明さんが自らマウナケア山頂で撮影。藤原さんは撮影、画像編集、ウェブサイトの掲載、SNS 運用とフル回転です。(クレジット:国立天文台)

ハワイ観測所広報室の仕事には3つの大きな柱があります。(1) 情報発信 (広報)、(2) すばる望遠鏡の見学プログラム、(3) 普及・教育 (アウトリーチ) 活動です。その活動内容を具体的に紹介します。

情報発信 - 観測成果リリース文はどう作られる?

情報発信には大きく分けて、すばる望遠鏡の「観測成果」と、ハワイ観測所の「活動」があります。どちらもすばる望遠鏡ウェブサイトに記事を公開するのが基本です。

たとえば観測成果は、科学誌・学術誌に掲載されるタイミングで公開されることが多く、この情報をもとにニュース記事などが書かれたりします。どのように作られるのでしょうか?

まずはネタ探しです。ハワイ観測所広報担当サイエンティストである藤原英明さんの情報収集から始まります。出版予定の論文のプレプリント (前刷り) や、学会発表などから面白そうな情報をピックアップします。また研究者側からの提案もあります。集めた情報からウェブサイトに掲載する研究を選び、原稿作成にとりかかります。

原稿は、基本的に研究者ご本人に、伝えたいことを強調して執筆してもらいます。その際、広報活動の経験が少ない研究者でも負担ができるだけ少なくなるよう、藤原さんは試行錯誤の結果、執筆の手引きを提供しています。たとえば最初に「概要」を 200 字程度にまとめて、次に「意義」、「背景」、「困難だった点」などを手引きに従って書いていくと、自然に原稿ができあがるようになっています。また手引きには「新聞の科学面に掲載されるようなレベルで」、「自分の家族や友人に説明するつもりで言葉を選んで」などポイントが書かれています。

研究者から原稿が上がってきたら、さらに読みやすくするよう、研究者と広報担当者との間でキャッチボールが行われます。ポイントはこの記事からニュース記事や科学館の解説原稿が起こせるように、事実関係と研究者が伝えたい点をしっかり書くことです。

そのため、研究者のコメントを記事に入れ込む工夫をするとともに、研究者が直接話す動画を記事中に入れることもあります。単に成果を伝えるだけでなく、研究者が何を考え、何を目指し研究してきたか、どんな苦労があったかを自分の口から話してもらおうという意図です。研究室の学生全員が登場するユニークな動画もあり、それぞれの個性が出ています。

宇宙ライター林公代の視点 (26) : 知見、興奮、そして時間の共有 図2

図2:2015年2月に掲載された科学成果。世界で初めて新星爆発でリチウム合成をとらえた科学的インパクトの大きな成果です。内容を説明したほうがより意義が伝わると判断し、記者説明会を開催。わかりやすく興味をひくようなタイトルやきれいな画像やイラストも、記事を読んでもらうために大切な要素であり工夫しています。(クレジット:国立天文台)

そしてすばる望遠鏡ウェブサイトにこの科学成果を掲載する際には、プレスリリースとしてメディアに連絡し、ニュースとして取り上げてもらうよう努めます。その際、研究成果の中で特に科学的なインパクトの大きいもの、記者に直接説明したほうがわかりやすい成果は、記者説明会を行います。ハワイ観測所広報室と国立天文台本部で相談しながら、発表時期や方法を決めていきます。

科学成果をウェブサイトに掲載した後はすばる望遠鏡の Twitter アカウント @SubaruTelescope国立天文台の Facebook ページで告知し、できるだけ多くの人に読んでもらえるよう広めます。プレスリリースの全文を読まない人もいるので、短くまとめて発信するのも広報担当の大事な仕事です。

ハワイ観測所の活動 - 昼も夜も働くリアルな現場を伝える

また、すばる望遠鏡があるハワイだからこそ発信できるものに、現地の活動があります。たとえば望遠鏡では夜の観測が注目されがちですが、毎晩ちゃんと観測できるように、昼の間に観測目的に合わせて装置交換をし、不調なところがあれば直し、故障がないよう保守点検する人たちが大勢働いています。たとえば口径 8.2 メートルの主鏡表面の砂埃をはらうため月1回程度、ドライアイスが使われている様子などを、写真や動画とともに発信します。

図3: 2014年の掲載記事では主鏡のほこり落としを動画でも紹介。こうした昼間の活動は見過ごされがちですが観測のために大事な活動であり、現地ならではの発信です。(クレジット:国立天文台)

情報発信の課題の一つに「時間の共有」があります。たとえばロケット打ち上げや皆既日食中継のように、時々刻々と変わる情報を発信することで、多くの人たちと感動を共有することができないだろうか。藤原さんが考えた結果、チャレンジしたのが2014年6月に Twitter アカウント @SubaruTelescope で行った、すばる望遠鏡観測室からの「実況」です。

広報担当サイエンティストの藤原さんは現役の天文学者です。すばる望遠鏡の観測をするために他の天文学者と同じように観測提案書を書いて高い競争率から観測時間を勝ち取り、研究を行いつつ、広報業務を行っています。天文学者の観測の様子を現場から臨場感を持って伝えるために、「中の人」である藤原さん自身が Twitter で実況中継することにしたのです。

マウナケア山頂のすばる望遠鏡に上がる前に中腹施設で夕食をとるところから、観測の状況、無事に星からの光をとらえた様子などをほぼリアルタイムで、写真とともにツイート。ふだんなかなか見られない観測現場の興奮を伝え、大きな反響を呼びました。「情報の更新を待ってくださる方もいたようです。Twitter で声援を受けながら観測が進められる現場、なかなかない凄いことではないでしょうか」と広報室の林左絵子さんも評価します。

宇宙ライター林公代の視点 (26) : 知見、興奮、そして時間の共有 図4

図4: 2014年6月4日の夜に行われた観測実況ツイートの一部。山頂への出発前から観測中の様子を写真とともに明け方までほぼリアルタイムでツイートし、フォロワーも大喜び。(クレジット:国立天文台)

また、「撮れたてほやほや」の天体画像も注目を集めます。たとえば流星群のような天文現象があるときは、すばる望遠鏡制御棟屋上に設置されている全天星空カメラ※などで撮影を試みます。2015年12月にはふたご座流星群と天の川、冬の星々をとらえました。

国際宇宙ステーション (ISS) に日本人宇宙飛行士が滞在しているときには、すばる望遠鏡の上空を通る ISS の軌跡を撮影し、すぐに公開します。若田光一 JAXA 宇宙飛行士の滞在時に続き、油井亀美也 JAXA 宇宙飛行士の滞在時にも撮影し発信したところ、油井飛行士がお礼に宇宙から撮影したすばる望遠鏡を Twitter に掲載するという「宇宙交流」が生まれ、新聞記事にも取り上げられました。

「すばる望遠鏡を知らない方も多いので、様々な機会をとらえます。日本人宇宙飛行士の活躍時には、すばる望遠鏡からもエールを送り、宇宙研究の面白さや興奮をより多くの人と分かち合いたい。きっかけを掴んですばる望遠鏡を知ってもらう工夫をします」と藤原さん。

ふだん天文に関心をもたない様々な層にリーチするという点では、ニュース番組のお天気コーナーに天文現象などの情報提供をし、すばる望遠鏡の話もしてもらうようにも努めます。「ある音楽番組では、すばる望遠鏡の天体写真を音楽ライブの背景映像として提供しつつ、撮影が行われた日本のライブ会場に深夜のハワイからテレビ電話で出演したこともありました。これは特に反響が大きかったですね」と藤原さんは話します。

望遠鏡の様子を伝える写真という点では 360 度全天球カメラを使って、すばる望遠鏡内部を撮影。すばる望遠鏡を見学したいと思いながらなかなか来られない人のために、内部の様子を詳しくウェブサイトのギャラリーで紹介するなどの工夫も凝らしています。

※全天星空カメラは東京大学天文学教育センター、国立天文台ハワイ観測所、東京都足立区が共同で設置・運用しているもので広報・普及・教育活動などで活用されています。


(レポート:林公代)

林公代 (はやし きみよ)

福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

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