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宇宙ライター林公代の視点 (17) : スターランナー 青木和光さん

2016年11月2日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

チャンスを逃さない天文学者

これまでの観測で一番興奮したのはいつですか?と問うと、青木和光さんは約 10 年前のある日曜日の出来事を話し始めた。

「2004年5月末、息子が通う保育園の行事から帰って昼寝をしていた時、ハワイからの電話で起こされました。翌週にすばる望遠鏡で行う予定の観測が、他の装置のトラブルで繰り上げられて『これからやります』と言われたんです。」青木さんは寝ぼけ眼のまま、急いで国立天文台三鷹キャンパスに向かい、テレビ会議システムですばる望遠鏡の現場と接続。二番目にとられたデータを見て、一気に目が覚めた。「なんだ!これは」と。

「恒星に含まれる元素の中に鉄がまったく見えない。『こいつはすごいかも』と一目でわかった。」鉄のような重い元素は宇宙誕生当初には存在せず、恒星の中で作られていく。だから古い星ほど鉄の量が少ない。宇宙初期から存在し、鉄の量がきわめて少ない恒星を探し出すことを期待していたものの、「こんなにぱっと綺麗に求めていたデータが出るとは思わなかった」と青木さんは当時の興奮を語る。「それから総力投入です。割り当てられた観測時間のうち、この天体に望遠鏡を向けられる時間をすべて使って詳細に調べる価値がある。『いくぞー』という感じです。」それが鉄の量が太陽の 30 万分の1、当時知られた恒星の中でもっとも鉄の量が少ない恒星 HE 1327-2326 観測の瞬間だった。

一方、巨大初代星の痕跡と推定される第二世代星 SDSS J0018-0939 を2014年に世界で初めて発見したことについては「見過ごしても不思議ではない『一見目立たない星』だった」と振り返る。ではなぜ、その目立たない星を詳しく調べようと思ったのかを尋ねると、「何かが変で、気になったんです」という。その直感に従って追観測を続けたところ、大当たりの発見となる (詳しくはこちらの記事)。

予定しなかった日の観測で大発見をしたり、直感に従うことで大当たりしたり。「運を引き寄せますね」というと、「運は確かにあると思いますが、『チャンスが巡ってきた時に何をやるか』が大事。ちゃんと観測の準備をしておくこと。知識と経験も必要です。」青木さんは準備はもちろん、知識と経験を持つからこそ運を逃がさずしっかりその手で掴まえる。

宇宙ライター林公代の視点 (17) : スターランナー 青木和光さん 図

図1: 青木和光さん 近影

すばる望遠鏡の観測装置を動かすソフトウェアをゼロから開発

では青木さんは、どのように恒星の組成を見極める知識と経験を身に着けたのか。きっかけは東京大学理学部天文学科4年の後半に受けた「恒星大気」の講義だったという。「早口のために聞き取るのが大変、板書を読み取るのが大変な、わかりにくい講義でした (笑)。でも内容を理解すると、恒星の大気を分光することで元素がわかったり、星の運動がわかったり、色々なことがわかる。これは面白いと思ったのです。」

大学院時代はすばる望遠鏡の高分散分光器 HDS の開発が佳境だった頃。開発チームに入り、装置取り付け後にどんな観測をすればいいか検討した。1999年3月に博士課程を終えると、高分散分光器を実際に動かすためのソフトウェアを、プログラミングの知識ゼロから開発した。2001年にいよいよその装置がすばる望遠鏡に取り付けられた後は、HDS 担当のサポートアストロノマーとして、HDS 観測が実施されるたびに、観測をサポートするべくハワイに飛んだ。

「できたばかりだったから装置の運用手順も確立中だったし、望遠鏡の動きもよくわからないところがあるし、外国人天文学者は厳しいリクエストを出してくるし・・大変でした (笑)。」

年間 70~80 日、長い時は 14 日間ぶっ通しで山頂に詰めた。しかし、恒星を分光観測する能力で世界トップレベルである HDS の運用開始にこうして深く関わり研究も続けたからこそ、装置を使い尽くし研究に結びつける知識と経験を獲得することができたのだ。


厳しい競争と国際協力

観測的研究は常に厳しい競争にさらされるため、負けて悔しい思いをしたこともある。「2004年に鉄が少ない星を発見した後、鉄も炭素も少ない星があるのかどうかが、興味のある問題となりました。そういう星の探査がいろいろな望遠鏡で行われ、別のグループが先にそういう星を観測し、論文として出してしまった。実は同じ星も我々の観測リストに入っていたのですが、観測時間内でそこまでできなかったのです。『あぁ、もう一息だったのに』と悔しかった。」観測時間が限られる中で、何をどういう順番で観測するか。天文学者は天体の研究上の面白さと明るさなどの条件から観測リストを作っていく。その判断によっては、ライバルに先を越されてしまうこともある。

そしてトップ争いできるほど高い能力を持つからこそ、対等な国際協力もできる。青木さん達の研究チームは数々の大発見を成し遂げてきたが、その発見はすばる望遠鏡だけでは実現できず、国際協力が不可欠だと力説する。もちろん、楽なことばかりでない。「たとえば観測の歩調を合わさないといけない。まず空の広い範囲でサーベイ (掃索) してもらいますが、サーベイの結果が出ないとすばる望遠鏡による詳細観測ができない。」サーベイから詳細観測へ。米国や欧州に限らずアジア諸国とも長年の国際協力を続けてその流れをうまく構築できたことが、誰も見たことがない第二世代星の発見につながった。


金やプラチナはどうやってできたのか

青木さんがこれから観測したいと思っているのは「鉄より重い元素」だという。「謎が多いのです。大きく分けて二通りの起源があって、一つは軽い星。もう一つは1秒以下の大爆発です。たとえば金やプラチナは1秒以下の短い時間に一気に作られることがわかっていますが、どこで起こっているかがわからない。なんとか詰めていきたいと思っています。」

研究の醍醐味は、遠くにある恒星なのに、まるで目前の実験室にあるような感覚で様々な元素を測ることができること。「際立った特徴を持つ恒星も面白いが、ほんの少しの差が何を意味しているのかを考えるのが面白い。」

中学から大学2年生まで陸上部に所属し、短距離を走っていた。現在も週に5日はランニングし、週末は 20~30 キロメートル走ることもある。研究でも短距離の集中力と、長距離の粘り強さや持久力を活かし、宇宙というフィールドを疾走していくことだろう。


(レポート:林公代)

林公代 (はやし きみよ)

福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

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