トピックス

宇宙ライター林公代の視点 (11) : 望遠鏡を支える舞台裏 その2

2016年9月12日 (ハワイ現地時間)

南極からハワイへ。若き望遠鏡エンジニアリング部門長

  すばる望遠鏡が毎晩、観測できるように望遠鏡やドーム、気象条件、何よりスタッフの安全に目を配り、時には「待った」をかける。その重責を担うのがハワイ観測所望遠鏡エンジニアリグ部門長、沖田博文さん。1985年生まれの若き部門長だが、南極で天文台を作るプロジェクトに参加していたという異色の経歴を持つ。南極で天文台とは?

  「東北大学時代、南極に天文台を作ろうというプロジェクトに参加し、南極観測隊に2回参加しました。口径 40 センチメートルの赤外線望遠鏡と観測装置を開発し、南極のドームふじ基地に運んで観測条件を調査し、どうしたら観測条件がよくなるかを研究していました。」

  沖田さんは天文工学を専門とする天文学者であり、銀河の研究をしたいと思っていた。南極では装置開発と観測条件の測定を中心に行っていたという。


図1

図1: 望遠鏡エンジニアリング部門長の沖田博之さん。パソコンで見せてくれたのは趣味の天体スケッチ。「写真だと趣味か仕事かわからなくなるので」と言いつつ、自宅でも望遠鏡を作り始めている。(クレジット:国立天文台)


  ではどうして南極からハワイに?

  「マウナケア山頂は世界で一番観測条件がいいと言われているが、果たしてそうなのか。ベタ―からベストにする努力をやってみたいと思いました。」見かけはとってもソフトだが、南極観測隊に二度も行き、次にマウナケア山頂に挑むあたり、知識や技術はもちろん心身ともに相当タフな方のようだ。

  沖田さんは博士課程修了と同時にハワイ観測所で仕事を開始。当初は副部門長として見習いの予定が、ほどなく部門長に抜擢された。ちょうどすばる望遠鏡側では、新しい観測装置を搭載するのに伴って、課題に直面していた。望遠鏡本体の性能をもっとあげて、天文学の分野で世界最先端の成果を上げ続けるにはどうしたらいいか。技術者でなく、天文学者である沖田さんが望遠鏡エンジニアリング部門の部門長になった。「研究者として天文学の知識があり、南極という極地で世界の国々の人たちと一緒に望遠鏡の立ち上げという難しい作業を行ってきた。そうした沖田さんの経験や人柄を評価し、期待したのでしょう」と関係者はいう。


図2

図2: 東北大学時代に南極大陸で天体観測のための小型望遠鏡設置作業。右が沖田さん、左は国立天文台ハワイ観測所職員の高遠徳尚さん。(写真提供:沖田博文さん)



ホットラインを手に 24 時間対応

  沖田さんは望遠鏡にトラブルがあると 24 時間いつでもつながるホットライン (携帯電話) を持っている。2週間交替で二人で持つが「担当の時は、どこに行こうとマナーモードにせずに鳴る状態にしているし、寝るときは枕元に置きます。その間はお酒も飲めません。」最初は、その電話機を持つこと自体非常にプレッシャーだったという。

  「何かトラブルがあると容赦なく、いつかかってくるかわからない。まずは状況を聞いて考える。夜 10 時頃までのトラブルで直せる見込みがあるときは山頂に登りますが、どうしようもない時もあります。力不足ですぐには直せないと判断するのは苦しい。観測してもしなくても、コストがかかりますから。」(沖田さん)

  トラブルがあったときに、すぐ山頂に行きたい気持ちになるのはやまやまだが、そこが判断のしどころでもある。ヒロ市内から山頂までは片道2時間はかかる。夜中に上がって修理して最後の1時間だけ観測できてもそのために技術者がみんな疲れてしまったら、次の日のトラブルに誰が対応するのか。さらに大きなトラブルにつながる可能性もある。翌日の観測や今後の運用など、全体を考えて判断する。


図3

図3: 観測中のすばる望遠鏡。毎晩当たり前のように観測を続けるために、多くのスタッフたちが早朝から汗を流している。(クレジット:国立天文台)



五感を働かせる

  緊急事態は停電、大雨、地震。停電は珍しくないため、バックアップ用自家発電を備える。ハリケーンが直撃すると横殴りの雨が降りドームの中に雨が浸入し、センサーが不具合を起こしたり、感電したりする危険性があるので雨が上がった後も慎重に点検する。そして地震。ハワイ島は火山性の地震が少なくない。望遠鏡上部クレーンに取り付けたものが大きく揺れて、人を挟んだり鏡に物が落ちたりして破損することが一番怖い。そのため大地震の時は望遠鏡が自動的に止まるようになっている。小さな地震だと揺れが収まった後に動かすが、鏡の状態をチェックする必要がある。「どこまでが大きい地震でどこまでが小さい地震か、線引きが難しい。」望遠鏡の向きなどケースバイケースで明確な基準がない中、判断の連続だ。

  日々の仕事の中では五感を働かせて、トラブルの早期発見に努めている。

  「人間の目、耳、鼻ってすごいセンサーなんです。たとえば『変な音やにおいがするな』とか『こんなところ汚れてなかったのに』という小さな異変が、重大事故につながる前兆だったりする。昨日も 望遠鏡に加速度計を取り付ける作業を実施中、ゴロゴロと変な音が聞こえました。付近には冷却水のパイプや主鏡を冷やすダクトがあり、重大トラブルの可能性もあるためすぐ調べました。」幸い問題はなかったが、気になる点は早めに調べる。トラブルが起きないうちに問題の芽をつぶすことが肝要だ。


図4

図4: すばる望遠鏡の中で作業をする際は日中でも防寒着を着用 (左)。制御棟から望遠鏡のある建物に行く通路には、命綱やヘルメットがかけられていた (右)。(クレジット:国立天文台)



これからの大仕事

  さらにこれからも大きな仕事が待ち受けている。系外惑星探査用の新装置、近赤外高分散分光器 IRD のファーストライト。地球型惑星の候補を探す注目の観測装置だが赤外線で観測するため、高い温度安定性が求められる。装置製作グループなど担当者間で検討した結果、建物の中でもっとも温度が安定している地下室に観測装置を置くことになり、光ファイバーを望遠鏡から相当長い距離引っ張ることになった。

  「これも望遠鏡の建設当時は想定しなかったことです。シミュレーションで光ファイバーの最適ルートを考え、ダミーを配線施工してみてほかの装置に影響がないことを確認するなど、大変な作業になりそうです。」(沖田さん)

  3~4年に1回行われる主鏡の蒸着作業も近々行わなければならない。鏡表面の古くなったアルミ蒸着膜をはがし、新しい膜を施すことで鏡本来の反射性能が発揮される。鏡単独で 22 トン、周辺機材を含めると 77 トンある主鏡部を外して運ぶためだけに専用のクレーンがある。観測装置を外してから主鏡を外し終わるのに1週間。主鏡のメッキをはがして真空蒸着装置の中に入れ、蒸着作業を行うのに1週間。観測の性能チェックを行うと、これだけでも1か月以上の作業が必要だ。

  「観測者側からは1日も多く観測したいという圧力もあります。でもちゃんと性能を出すにはメンテナンスも必要だし、事故は起こせないから安全は譲れない。実は観測側と安全側の間の調整が一番大変なんですよ。」

  今や沖田さんは世界で約 10 台しかない大望遠鏡の一つを受け持つ、責任者だ。光工学や望遠鏡に関する国際学会に行くと、ハッブル宇宙望遠鏡のプロジェクトマネジャーなどそうそうたる人たちと並んで、すばる望遠鏡の技術責任者として発表し、時にわたりあわなければならない。今は銀河の研究をすることはできないが、最先端の研究を支えている実感がある。

  「望遠鏡の性能を高めていくことにやりがいを感じる。挑戦のしがいがある仕事だし、改善の余地はまだまだあります。」沖田さんにはベストな望遠鏡の姿が見えているようだ。どう形にしていくか、その挑戦をぜひ注目していきたい。


図5

図5: 鏡の蒸着作業風景。人の大きさと比べると主鏡の大きさがよくわかる。(クレジット:国立天文台)



(レポート:林公代)



林公代 (はやし きみよ)


  福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

ウェブサイト:http://gravity-zero.jimdo.com





<関連リンク>





画像等のご利用について

ドキュメント内遷移