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宇宙ライター林公代の視点 (10) : 望遠鏡を支える舞台裏 その1

2016年8月29日 (ハワイ現地時間)

毎晩必ず観測できるようにすることの難しさ

  望遠鏡に寿命はあるのだろうか?1948年にファーストライトを迎えたアメリカ・パロマー山のへール望遠鏡はいまだに現役だし、すばる望遠鏡も 50 年使えるよう設計されていると聞く。しかし望遠鏡が長い間現役で、さらに最前線で活躍するために、たくさんの人が早朝から現場で汗を流し、安全な運用を行う努力を年中続けていることは、あまり知られていない。

  たとえば望遠鏡本体や観測装置が注目されがちだが、望遠鏡を覆うドームの状態や気象条件も観測に大きく関わってくる。「2015年夏はすばる望遠鏡の観測スタート以来経験したことがないほど、マウナケア山頂域で降雨量が多く、気温も湿度も高い状態が長く続きました。エルニーニョ現象の影響と考えられますが、様々な装置に影響がありました。今後も同じような気象条件が続くかどうかはわかりませんが、ドームをより効率的に冷やす改造に取り組んでいます。」

  そう話すのは、ハワイ観測所望遠鏡エンジニアリング部門長の沖田博文さん。沖田さんは毎晩、すばる望遠鏡で観測ができるようにする責任者。望遠鏡本体、ドーム (建物) 、気象、そしてスタッフの安全にまで気を配る。「山頂作業は甘くないですから。」空気が平地の6割、ドーム内は望遠鏡の性能維持のため日中も摂氏ゼロ度近く。息切れし、疲れやすく注意力も散漫になりがちだ。


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図1: マウナケア山頂に近づくと、望遠鏡群が見えてきた。左の写真では、左からすばる望遠鏡、そして双子のケック望遠鏡。尾根を回り込むと、すばる望遠鏡建物の後ろ側が見えてくる。(クレジット:国立天文台)


  天文学者は、高い競争倍率から勝ち取った観測時間をフルに使って成果をあげようと意気込んで山頂にやってくる。だから多少トラブルが起きても観測の続行を要求する。一晩の観測に多額の運用コストがかかると言われるのもプレッシャーだ。しかし人や装置の安全はゆずれない。観測できない事態がおき、瞬時の対処が不可能な場合には危険を予測し、時に「観測を中断する」という苦渋の判断を下すのが沖田さんの役割だ。

  「部門長として最大の優先事項は、今晩必ず観測できるようにすること」と沖田さんは何度も言う。しかし毎日、安定して望遠鏡を動かすことは、想像以上に大変だ。すばる望遠鏡は観測開始から 15 年以上経ち、望遠鏡本体やドームの経年劣化からは免れられない。日々の保守点検で異常の芽を早めに摘む。天候にも目配りをする。晴天率が高いと言われるマウナケア山頂でも強風が吹き、横なぐりの雨や雪が降ることもある。風が吹けばドームは揺れるし、日中、太陽光が当たる面は膨張する。どんな気象条件でも望遠鏡が影響を受けないように、ドームと望遠鏡は機械的に切り離されている。それでいて、望遠鏡が星を追尾し回転するのに合わせて、ドーム開口部も同期して回転。ドームと望遠鏡の向きの違いで許される範囲はわずか 0.7 度という精度の高さだ。それ以上ずれると、自動的に止まるように設計されている。


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図2: 雪が積もるとすばる望遠鏡のドームの上で命綱をつけて雪おろし。ドームは 12 階建てビルの高さがあり、極寒、空気は薄い中での作業は気が抜けない。車が通る場所の除雪には手押し式の除雪機が頼もしい。 (クレジット:国立天文台)


  「重さ 2000 トンのドームと、555 トンの望遠鏡を 0.7 度以内の精度で精密に制御すること自体、挑戦です。要求仕様がものすごく高い」と沖田さん。望遠鏡はもちろん、ドームにトラブルが起きても観測ができない。アルミ製のドームは汚れると太陽熱を吸収し、星像に影響を与えるため清掃が必要だ。だが、これまではビルの窓ふきに使われるようなゴンドラを吊り下げる方法がなく、雨漏りがしても内側から養生するしかなかった。そこでゴンドラを下げられる構造物を追加するなど数年がかりで準備を進め、ドーム外壁の本格的修理に向けて作業をしている。


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図3: すばる望遠鏡で働くデイクルー、グループ1の仕事は山頂で朝7時から始まる。この日は外壁メンテナンス作業用のゴンドラをつりさげる準備。落とさないよう声をかけあって慎重に進められる。(クレジット:国立天文台)



ベターからベストへ。すばる望遠鏡はまだまだ進化する

  そして沖田さん達望遠鏡エンジニアリングのチームは、さらなる技術的な挑戦にも取り組んでいる。その背景として、望遠鏡建設当初の想定を超えた、新しい観測装置が次々搭載されていることがある。

  たとえば超広視野主焦点カメラ HSC。広い視野を持つデジカメであり、すばる望遠鏡の最大の売りの一つだが「メカとしては (主鏡の 15 メートル上に) 3トンもの構造物をつけることは設計仕様を超えています。重さも寸法も取り付けられる物理的な限界です。一方、星を追尾する精度は保たなければなりません。さらに2週間に一度は装置を交換する。非常に危ない綱渡りなのです。」

  同クラスの大型望遠鏡ではジェミニ望遠鏡は焦点が一つしかなく、そこに複数の観測装置をつけたままだし、ケック望遠鏡は望遠鏡を倒して装置を水平に移動させることで交換できる。しかしすばる望遠鏡では装置交換にクレーンを使い、命綱をつけたデイクルーが高所作業を行うという、危険な作業が行われたりするのだ。


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図4: HSC 取り付け中のすばる望遠鏡。床からの高さ 22 メートルの望遠鏡のてっぺんで命綱をつけた作業が進行中。 (クレジット:国立天文台)


  「1980年~90年代、世界中で口径8メートルクラスの望遠鏡が作られたとき、日本だけが、これほど多種多様の観測に対応できる望遠鏡を作りました。4つの焦点で別々の装置が使える高性能な望遠鏡です。高性能であると同時に、複雑で『世界一難しい望遠鏡』でもあるのです。」(沖田さん)

  つまり、現場が大変だということだ。そして観測装置が高性能化すると、温度管理や電力の安定性など環境への要求も高くなるし、望遠鏡本体に求める性能も高くなる。たとえば HSC は極めてシャープな星像が得られるが、その際、以前は問題にならなかった望遠鏡の小さな揺れが影響する。すばるのような巨大な望遠鏡を完全に静止させることは不可能だが、できるかぎり小さくしたい。沖田さんたちは振動の精密な測定から始め、微かな揺れを制御するという限界に挑戦している。

  「観測装置の性能があがっていき、その性能を発揮するには望遠鏡の性能を底上げする必要があります。すばる望遠鏡がいまベストな状態かと言えば改善の余地はあります。『ベターからベストの状態に』持っていけると思っています。」沖田さんは自信をもってそう言う。

  ベターからベストへ。天体の追尾能力もその一つだが、気象条件による影響も制御したい。「たとえば風。風速3メートル毎秒と5メートル毎秒の風はどう流れ、その時星像はどう映るか。どのような風が吹けば理想的かをシミュレーションや実験から求めます。風速が速すぎるときは、ドーム内のウィンドスクリーンで風速を弱めることができます。」


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図5: HSC 取り付け後、ドームのスリットをあけて試験中。下のほうに見える穴のあいた衝立上のものがウィンドスクリーンで、望遠鏡や主鏡にあたる風速を弱める働きをする。 (クレジット:国立天文台)



  すばる望遠鏡の安定運用や望遠鏡の改良に挑む重責を担う沖田さん、ハワイに来る前はなんと南極にいたそう。そして国立天文台ハワイ観測所に着任後まもなく部門長に抜擢されたとか。いったいなぜ?(その2へ続く)


(レポート:林公代)



林公代 (はやし きみよ)


  福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

ウェブサイト:http://gravity-zero.jimdo.com





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