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宇宙ライター林公代の視点 (6) : ギャラクシーハンター 柏川伸成さん

2016年8月1日 (ハワイ現地時間)

「ギャラクシーハンター」が歓びを感じる時間とは

図1

図1: 柏川伸成さん 近影

  すばる望遠鏡は一時期、人類が見た「もっとも遠い銀河」のベスト 10 のほとんどを独占するという一人勝ち状態にあった。その中心人物が柏川伸成さんだ。系外惑星を見つける天文学者は「プラネットハンター」と呼ばれるが、柏川さんはいわば「ギャラクシーハンター」なのである。2006年にすばる望遠鏡が発見した最も遠い銀河 IOK-1 は発見者の3人の名前の頭文字からつけられているが、"K" は柏川さんの頭文字。銀河に自分の名前の頭文字がつけられた人なんて世界中に何人いるだろうか。

  しかし意外なことに、柏川さんが歓びを感じるのは、最も遠い銀河を発見した時ではないそうだ。ではいつなのか?たとえば観測データを解析していて、予想と違うことが見えてきたとき。「これは何を示しているのだろう。なぜこうなるのだろう」とあれこれ考えている時間が「宇宙が自分に語りかけているようで、宇宙と対話している気持ちになるんです」と柏川さんは詩的な言葉で表現する。

  だから「ハワイのすばる望遠鏡で観測しているときよりも、国立天文台三鷹キャンパスの自分の研究室でデータと向かいあって『あーでもない、こーでもない』と考えている時間が圧倒的に長くて、圧倒的に楽しい」と笑う。

  「一般の方たちには『天文学者って望遠鏡で観測して銀河の画像が撮れた!』っていうところまでが仕事だと思われているかもしれませんが、実はそこからが始まりです」。そう言って、柏川さんは「料理」を例に出して自分の仕事を説明してくれた。

  「観測した時点では、料理では『食材をとってきた段階』にすぎません。もちろん、雨が降ったら食材をとれないし、様々な工夫をしてより良い素材、他にない素材を仕入れるのは大切な第一段階です。でもその素材を日本に持ち帰ってからが、いよいよ料理本番です。どうやって料理するかに研究者の知恵や知識が活かされるのです。」

  素材と向き合って、どう素材を活かそうかと工夫する。特殊なフィルターをかけて遠くの銀河を絞りこんだり、さらに距離を正確に決めるために次の分光観測を行ったり。そうやって、誰も見たことがない「極上の料理」を生み出してきた。

  人類が見たことのないもっとも遠方の銀河を発見したことについては「期待はしていたし、多分こんな装置を作ればこうなるだろうとみんなで考えて、カメラを開発しましたが、やはり観測は実際にやってみるまでわからない。そして本当に思った以上にたくさんの銀河が見つかりました。しかも『宇宙の夜明け』(再電離) までわかったのは、感慨に近いものがあります」。宇宙との対話を続けるうちに、まさかそんなことまでわかると想像もしていなかった「夜明け」が見えてきて、「静々と感動した」そうだ。


「遠方銀河なんてとんでもない」時代から

  しかし1980年代、京都大学の学生だった柏川さんが「銀河の研究をしたい」と思った頃は、「遠方銀河なんてとんでもない」という時代だった。

図2

図2: 微光天体分光撮像装置 FOCAS ファーストライトの頃

  当時は岡山県にある口径 1.8 メートルの望遠鏡が日本最大で、銀河の研究を行う研究者も少なかった。しかし科学雑誌で「東京大学で (天文学の) 新しい装置を開発している」という記事を見たことが、柏川さんの進路を決定づける。東大では (それまで使われていた) 写真乾板でなくデジカメを使い、しかも当時はまだ小さかった CCD 素子をたくさん敷き詰めて広い視野を獲得しようという世界初の装置に挑戦していた。『斬新な装置で今までにない天文学ができる!』と記事で紹介されていた東京大学の岡村定矩研究室の門を叩いた。「自分の目で銀河を、宇宙を見てみたい」と強烈に思ったそうだ。

  大学院1年生の時は、装置開発に没頭した。誰も作ったことのない装置。CCD 素子を高い精度で綺麗に並べる。さらに一度にたくさんの CCD 素子を動かし、早く読みだすための複雑な電子回路も自ら設計。様々なトライアルアンドエラーを繰り返した。

  「すばる望遠鏡の主焦点カメラ (Suprime-Cam) の元になる技術は、ほとんどその時代に習得した」と柏川さん。宇宙からやってきたフォトン (光子) が、どうやって電気信号に変えられてどういうところでノイズに邪魔されて、最終的にデータとして出てくるのか。装置の隅々まで精通しているからこそ、「本当に今見ているデータが人類が初めて見る宇宙の姿かどうか」というギリギリの判断ができると柏川さんはいう。さらに、すばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置に関わり、このような思いは一層つのった。


宇宙は美しい

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図3: いろいろな国のサッカーチームのユニフォーム

  柏川さんは「宇宙は非常に美しい」としみじみと語る。

  「銀河の中で星が生まれて周りに光を放射し、一方で超新星爆発があり、中心にはブラックホールがあって‥と色々な複雑な物理があるのに、一枚の写真で見るとあんなにシンプルで美しい形をしている。しかも簡単な物理法則で書ける。宇宙の大規模構造だって、重力だけが 138 億年かけて作り出した形なんだとふと考えると、『宇宙ってなんて美しいのだろう』と思うのです。」

  見た目の美しさもさることながら、複雑な現象をきれいな物理の方程式で書けることを知って、改めて美しさを感じるのだと。

  美しい宇宙と対話を続ける柏川さんの研究室は、入ると珈琲のいい香りがするくつろぎの空間だ。近所で焙煎された豆を買ってきて、毎朝自ら挽いて、時間をかけてドリップする。「苦みの効いた珈琲が好きですね。毎朝一杯、午後一杯飲みます。珈琲も宇宙のような奥深い世界ですよね。」

  そして研究室の天井からは各国のサッカーチームのユニフォームが 20 枚近くかけられている。「アジアの留学生とのコミュニケーションもかねて始めたのがきっかけですが、週に2回、天文台内のグラウンドでサッカーをしています。サッカーって一見、選手がバラバラに動いているように見えますが、見えないところで連携性があってものすごく調和がとれたスポーツなんですよ。宇宙との共通性を感じます。」

  何の話をしていても最後は宇宙の話題になってしまうあたり、さすが天文学者だ。



(レポート:林公代)



林公代 (はやし きみよ)


  福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

ウェブサイト:http://gravity-zero.jimdo.com





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