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宇宙ライター林公代の視点 (4) : 遠方銀河を探す

2016年7月19日 (ハワイ現地時間)

遠くを見ること=過去を見ること。できるだけ遠くの銀河を探すことで初期宇宙を知る

  この宇宙がどのようにでき、天体が生まれたのか。誰もが不思議に思うことであり、天文学の最重要テーマの一つでもあります。宇宙の歴史を探るためには、「過去の姿」を観測する必要があります。

  できるだけ遠くの天体を観測すれば、それだけ過去の情報が得られます。なぜなら光の速度は宇宙のどこでも、いつでも常に一定であり、より遠くの天体からの光はより長い時間をかけて地球に到着するからです (注1)。たとえば 130 億光年かなたの銀河からの光は、130 億年かけて地球に届きます。その微かな光を大望遠鏡で受け詳細に調べることで、130 億年前、つまり宇宙が始まって間もない頃の情報が得られます (現在の理論では、宇宙は 138 億年前に誕生したと考えられています)。宇宙が誕生後どのように進化し、星や銀河が生まれてきたのか。それを知るために天文学者は宇宙のより遠い天体を観測しようと、挑戦を続けるのです。


図1

図1: ビッグバンから現在までの宇宙進化のイメージ図。右上のビッグバンから順に、38 万年後の宇宙背景放射のゆらぎ (NASAのWMAP衛星による宇宙マイクロ波背景放射の画像)、数億年後に密度ゆらぎが成長する様子 (Virgo Consortiumによる)、そしてすばる望遠鏡で探査が進められた約7億8千万年後、約8億4千万年後、約10億1千万年後の各時代、そして現在 (左下) の様子を示す。(クレジット:国立天文台)


(注1) 光は宇宙で最も高速であり、秒速約 30 万キロメートルで進みます。たとえば太陽と地球の距離は約1億5千万キロメートル離れているので、光が届くのには約8分かかります。つまり私たちは8分前の太陽を見ていることになります。過去の姿を見ることが出来るという意味で「宇宙観測はタイムマシン」と言えるでしょう。


「銀河はいつ生まれたのか」ー もっとも遠い銀河トップ 10 のほとんどを発見

  「もっとも遠い銀河の発見」において、すばる望遠鏡はずば抜けた威力を発揮しています。最初に世界を驚かせたのは2002年のことです。すばる望遠鏡は2002年4月から「すばる深宇宙探査計画 (Subaru Deep Field)」をスタートさせました。最も遠い銀河を探すために、近くに明るい天体のない「かみのけ座」の方向に望遠鏡を向け、約 10 時間の露出を行うことで約5万個もの天体を検出しました。その中から精密に距離を測り、人類史上もっとも遠い銀河 (赤方偏移 6.6、注2) を発見することができました。宇宙モデルに換算すればその距離は地球から約 129.7 億光年、宇宙誕生後 8.2 億年後の銀河を見ていることになります。

  世界記録を塗り替えただけではありません。すばる望遠鏡は、128 億光年付近の銀河を、9つも観測することに成功したのです。当時、これほど遠方の銀河は1個しか観測されていませんでしたから、すばるの観測は世界中でセンセーショナルに受け止められました。

  遠方銀河は非常に稀な天体です。口径8メートルの望遠鏡といえども、映し出される画像の中で赤方偏移 6.5 を超える銀河はほんのわずかです。遠い天体をピンポイントで観測するという点では、たとえばハッブル宇宙望遠鏡のように感度のいい望遠鏡もあります。しかし多数の遠方銀河を観測することで初めて銀河ごとの個性がわかり、その時代の平均的な銀河や宇宙の様子を知ることができます。また近くの銀河と比べて、遠方銀河は何が違うのかという比較研究が可能になります。

  なぜすばる望遠鏡は、遠方銀河を多数発見することができたのでしょう?その大きな理由は広い視野を持っているからです。すばる望遠鏡の観測装置、主焦点カメラ Suprime-Cam (シュプリーム・カム) は満月一個分の領域 (34 分角 x 27 分角) を一度に観測できます。これはハッブル宇宙望遠鏡の視野の約 80 倍です。

  「主焦点」とは望遠鏡の先端部にあたりますが、ここに何トンもの重い装置をつければ荷重がかかり不安定になりますし、狙った天体に正確に望遠鏡を向ける追尾にも影響します。それは非常識なことであり、他の8メートル級望遠鏡では同様の装置はつけられていません。広い視野の実現にはシャープな像を得るための補正レンズ、微かな光をとらえる CCD センサをモザイクのように多数並べる受光面なども必要でした。これらを実現した主焦点カメラはすばる望遠鏡だけの強みとなりました。この「広い視野」に加え、口径8メートルの鏡による「集光力」、また同じ天体に長い時間望遠鏡を向けるという「長時間露出」の組み合わせが功を奏し、多数の遠方銀河をとらえることに成功できたのです。

  その後もすばる望遠鏡は、「もっとも遠い銀河」の記録を塗り替え、観測数を増やしていきました。2006年には赤方偏移7 (地球からの距離 約 130.3 億光年) の銀河を二つ発見。「最も遠い銀河ベスト 10」のうち9つをすばる望遠鏡が占めるほど独走状態が続きました。そして2012年6月には赤方偏移 7.215 (地球からの距離 約 130.6 億光年) という当時の最遠方銀河を観測しました。8メートル級の地上の望遠鏡で発見できるのは、このあたりが限界だと考えられています。

  何万個もの天体の中からこのような最遠銀河候補を絞りこむために、研究者たちは特定の波長の光だけを通す特別なフィルター (狭帯域フィルター) を開発しています。


(注2) 赤方偏移:「もっとも遠い銀河を発見!」と報道される時は「地球から何億光年先」とか、「宇宙誕生から何億年後」という数字が出ます。しかし天文学者が論文を書くときは、このような書き方はしません。なぜならこれらの数字はある理論モデルで計算した値であり、モデルが変わると数字も変わるからです (2013年に宇宙年齢は 137 億年から 138 億年に変わりました)。つまり絶対的な数値ではないのです。天文学者が遠くの天体を示す尺度として使うのが「赤方偏移」です。宇宙は膨張しているため、ほとんどの銀河は地球から遠ざかっています。より遠方にある銀河から届く電磁波ほど、波長のより長いほうに引き伸ばされます。どれくらい波長が伸びたかを表す値が赤方偏移です (可視光より波長が長いのは赤外線で、赤いほうに波長が伸びるので「赤方」と呼ばれます)。わかりやすく言えば、赤く見える天体は遠方天体の候補となるわけです。この数値は観測結果でありモデルによってかわることはありません。ちなみに値ゼロが現在の宇宙、値が大きいほど遠くの (過去の) 天体です。なお、本稿における距離は2015年における宇宙モデルによる値です。遠い天体の距離について (国立天文台ウェブサイト)


遠方銀河の観測でわかってきたこと

  遠い銀河を観測することで、銀河について様々なことがわかってきました。

  まず、銀河は「いつ」、「どこで」生れたのかについての理解が進みました。宇宙誕生後約 7.3 億年後には銀河が生まれていることが観測でわかったため、「いつ」については、少なくとも宇宙誕生から 7.3 億年以前であると時期の制限を与えることができました。また、銀河の空間分布を調べることで、どんな場所で銀河が誕生するかもわかりました

  観測数が増えたことで、遠方銀河の平均的な明るさもわかります。観測された遠方銀河は生まれたてのものが多く、今の銀河を比較するとずっと暗いことがわかりました。それ以降活発に星を作り明るい銀河となり、衝突・合体を繰り返して大きな銀河になったという、「銀河進化のシナリオ」とほぼ一致していることもわかっています。

  もう一つの重要な成果は、遠方宇宙を調べることで、宇宙の「夜明け」がいつ起こったか、つまり宇宙空間そのものの変化をも知ることができたことです。


図2

図2: すばる望遠鏡が2012年に発表した最遠方銀河 (当時) SXDF-NB1006-2 (左上の赤い天体)。赤方偏移 7.215 で地球から約 130.6 億光年の距離にあります。(クレジット:国立天文台)


「宇宙の夜明け」はいつ起きたのか?

  遠方銀河を多数観測することで、すばる望遠鏡が成し遂げた大きな成果の一つは「宇宙の夜明けが『いつ』起こったか」という天文学の大問題に対して、解を提示したことです。

  宇宙の夜明けは、専門用語では「宇宙の再電離」(注3) とも言われます。約 138 億年前、宇宙は高温・高密度の火の玉状態ビッグバンで始まりました。宇宙の物質はほとんどが水素ですが、その水素は宇宙誕生直後は陽子と電子にバラバラに電離された状態でした。

  その後、宇宙は冷えていき、ビッグバンから約 40 万年後には電子と陽子が結びついて中性水素原子となりました。その後の数億年は星も銀河もない「宇宙の暗黒時代」と呼ばれます。やがて宇宙で最初に光を出す天体、つまり星や銀河が生まれると、それらの天体から放射される紫外線で宇宙空間にある中性水素は陽子・電子に再び電離 (再電離) され、星々が光輝く「宇宙の夜明け」が訪れることになります。宇宙空間が劇的に変化したわけです。


図3

図3: ビッグバンから現在までの宇宙の歴史。宇宙誕生直後は電離していた電子と陽子が、ビッグバンから約 40 万年後に結合して中性となり、暗黒時代になります。初代星や初代銀河が生まれると再び水素は電子と陽子に電離して、「夜明け」となり現在に至ると考えられています。(クレジット:国立天文台)


  この夜明けが「いつ」、「どんな天体によって」、「どのように」行われたのか、その具体的なメカニズムがよくわかっておらず、天文学上の大問題となっています。

  「宇宙の夜明けがいつ起こったか」について、銀河の観測によって明らかにしたのはすばる望遠鏡が初めてです。具体的には、遠方銀河の数を数えていきます。特殊なフィルターを使って遠方銀河を観測していくと、「夜明け後」の銀河は観測できても、「夜明け前 (再電離前)」の銀河は中性水素に覆われて観測できません。

  赤方偏移 6.6 (129.7 億光年先) と 5.7 (128.0 億光年先) の銀河について調べたところ、赤方偏移3~5までは銀河の個数はほとんど変わらないのに、赤方偏移6を超すと銀河の数が急激に減っていました。

  観測した国立天文台の柏川伸成さんは「もしかしたら、宇宙空間自体が再電離によって変化しているのではないか」と考え、再電離が 5.7 と 6.6 の間で完了したとする論文を発表しました。ところが、その論文には「俄かには信じられない」と反論が寄せられました。当時の理論的なシミュレーションによると、再電離が起こったのはもっと過去の時代 (赤方偏移8~9) と考えられていたのです。

  そこで、柏川さんらは銀河の観測数を 45 個にまで増やし徹底的に調べました。赤方偏移 6.6 以上の遠い銀河も調べると、銀河はどんどん減少します。また別の分析手法や、ガンマ線バーストを使った観測でも再電離が赤方偏移 6.6 の頃にはまだ完了していなかったことが検証されました。

  こうして、「宇宙の夜明けが『いつ』起きていつ終わったのか」という謎について、すばる望遠鏡の観測によって「赤方偏移 6.6 の頃に終わりつつあった」と確定することができたのです。宇宙の大問題について、すばる望遠鏡が果たした大きな成果となりました。

  「何が宇宙の夜明けを起こしたか」については、大きな謎として残されています。実は銀河だけでは宇宙に夜明けをもたらすことができないことがわかってきています。その正体については様々な可能性がありますが、初期のクェーサーが大きな役割を果たした可能性も指摘されています。


(注3) 再電離は初期宇宙の一大イベントと言われます。宇宙空間が電離しているか、中性状態かは宇宙にとってはとても大きな違いです。現在の宇宙は電離しています。「宇宙空間自身がどうやって再電離し、今の宇宙になったのか」という点がまず大きな謎です。そして再電離は「星や銀河がいつどうやって生まれたか」という点にも密接に関わります。この二点をきちんと理解することが宇宙の歴史を理解することにつながります。


(レポート:林公代)



林公代 (はやし きみよ)


  福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

ウェブサイト:http://gravity-zero.jimdo.com





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