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次世代観測機器 FMOS がすばる望遠鏡に加入

2009年4月8日

 すばる望遠鏡の役割は、これまで以上に宇宙を理解することです。口径 8.2m の主鏡と洗練された様々な機能を持った観測機器を用いて、天文学者たちは太陽系とは別の惑星系の探査や、宇宙の最果てにある天体の探査など様々な研究を行っています。最近では、次世代の観測機器がファーストライトを迎え、すばるは新たな一歩を踏み出しました。

 すばるには可視光から中赤外線までを観測可能な 8 台の撮像カメラと分光器があります。2008年5月14日の夜、第 2 世代の観測装置 FMOS (Fiber Multi-Object Spectrograph/ファイバー多天体分光器) が夜空に向けられました。 FMOS は空の広い領域から多くの天体を選んで一度に分光できる装置で、100 以上の天体について近赤外線域で同時分光観測が可能な唯一の装置です。


背景

 分光器で測定した天体のスペクトルを用いて、電磁波と物質の相互作用について研究するのが分光学です。天文学では、星や銀河など天体が有する重元素の量やガスの密度や温度、天体の質量といった物理量の測定をはじめ、銀河の赤方偏移 (z) を決めたり、銀河の中でどのくらい活発に新しい星が誕生しているかを調べたりする際などにスペクトルを使います。FMOS を使えば一度に多数の天体のスペクトルが取得できるので、このような研究を効率よく進めることができます。


観測装置の詳細

主焦点

主焦点

 FMOS は日本、英国、オーストラリアが共同で設計及び開発をすすめている分光観測システムです。プロジェクトには、ハワイ観測所をはじめ、京都大学、東北大学、オックスフォード大学、ラザフォードアップルトン研究所、ダラム大学とアングロ・オーストラリアン天文台の研究者や技術者らスタッフが参加しています。

PIR

PIR

 FMOS は主焦点ユニット、光ファイバーユニットと 2 つの分光器の 3 つのサブシステムから成り立っています。赤外線用の主焦点ユニット (PIR) は高さ約 2.5m、重さ 2,600kg 以上もあり、主焦点から 30 分角の視野を観測することが可能です。トップユニット交換装置により、PIRは 500µm (0.5mm) 以下の位置精度で取り付けることができます。 PIRには、1) 望遠鏡への接続機構、2) 広視野補正レンズシステム、3) エキドナと呼ばれる 400 本の光ファイバーを配置するシステム、4) 直径 100µm の光ファイバーの位置測定を行う焦点面撮像 CCD システム、5) 主鏡の形を確認するためのシャックハルトマンセンサー、という重要な 5 つのパーツが搭載されています。

エキドナ

エキドナ

 PIR の最も重要な部分は、内部のエキドナシステムです。エキドナは、天体からの光を装置へ導く言わば FMOS の心臓部です。また、これまでのファイバー多天体分光器とは違う新しい手法で焦点面上に光ファイバーを配置していることも特筆すべき点です。従来は、主に光ファイバーの先をファイバーボタンと呼ばれる器具で板に貼りつけるタイプでした。エキドナでは、針のように見える細いチューブに光ファイバーを通し、これをピエゾ圧電素子の力で傾けることにより、光ファイバーの先が焦点面上を動くように作られています。エキドナは 5µm (~0.005mm) の精度で光ファイバーの位置を決められます。すばる望遠鏡が誇る広視野の中に 400 本もの独立した動きをする光ファイバーを内蔵可能にしたのは、このシステムのおかげです。

光ファイバーのルート

光ファイバーのルート

 エキドナで光ファイバーの中へ導かれた天体からの光は、その後、ファイバーケーブルにより望遠鏡の周辺及びドーム建物内を 60m ほど伝って分光器に入ります。400 本の光ファイバーは 200 本ずつ 2 本の束に分かれて、それぞれが直径 33mm のケーブルに収められています。ケーブルの中心には強く固い「芯」状の構造になっており、光ファイバーをその周囲にらせん状に這わせることで、張力が加わっても光ファイバーが引っ張られてしまわないようになっています。ファイバーケーブルの途中にあるファイバー接続システムは、エキドナが受け取った口径比 F/2 の光を F/5 へと変換し、分光器側のファイバーケーブルへ再入射するためのものです。この変換システムは、PIR の側面に取りつけられています。

スペクトルの様子

スペクトルの様子

 光ファイバーを通って分光器に導かれた光は、分光器内で 0.9-1.8µm の近赤外線スペクトル (参考:可視光は 0.4-0.8µm) となって検出器上に結像します。2.5m (幅) × 5m (奥行き) × 2.5m (高さ) と大型の分光器は 2 台あり、すばるのドーム内に置かれています。それぞれが 200 本の光ファイバーからの光を一度に分光し、従って1回の露出から 200×2=400 本のスペクトルが得られる仕組みになっています。分光器の入口で光ファイバースリットから出射される光はカメラに入る前にグレーティングで波長方向に分散をかけられ、 1.4m の鏡で複数回反射し、さらに 2 つの補正レンズ (シュミット板) を通ります。必要な波長分解能 (光を波長ごとに細かく分ける) に応じて観測者は高分散モード及び低分散モードのいずれかを選ぶことができます。低分散モードでは、カメラの前に VPH グレーティングという光を透過するタイプのグレーティングを逆向きに入れることで、波長分解能を低くする役割を果たします。最終的に得られる波長分解能を数値で表すと、高分散モードでは 2200、低分散モードでは 500 です。アニメーションは、分光器内の光の道筋を表しています。

分光器内の光の道筋 (アニメーション)

分光器内の光の道筋
(アニメーション) 注1

 すばるのように地上から近赤外域での観測を行う場合、地球大気中の OH 基から発せられる無数の強い輝線 (OH 夜光) が、天体から届く光を検出する上で大きな妨げとなります。そこで FMOS 分光器では、前置光学系で一度分解能の高いスペクトルを結像させ、OH 夜光輝線がちょうど来る位置をバーコードのように黒くした鏡 (OH マスクと呼びます)を置くことにより OH 夜光を取り除いています。

 分光器のもう一つの特徴は、熱背景放射をできるだけ小さくするため冷却して使用されることです。二つの分光システムは断熱性の高い壁で覆われた箱に収められており、乾燥空気で満たした上で常におよそ摂氏 -60度に冷やされています。


FMOSによる科学

 遠方の銀河は私たちから高速で遠ざかっているため、銀河が放つ可視光は近赤外線へと波長がのびる赤方偏移と呼ばれる現象がおきます。近赤外線は可視光線の波長に近く、性質も似通っているため、主鏡や検出器の原理など同じものを使用することが可能であることから、すばるでは可視光の観測だけでなく、近赤外域での観測もたくさん行われています。この近赤外線を観測する FMOS の活躍により、近傍の天体 (近赤外域で明るい褐色矮星など) から赤方偏移が 1 以上の遠方宇宙の大規模構造まで、多岐にわたる分野の研究が推進されることでしょう。すばるの大集光力のもと、広い視野を備え最大で 400 天体を一度に分光観測できる FMOS は、これまで見たこともない宇宙の姿を写し出すと期待されています。

 2008年5月のファーストライトの後、2008年6月からは本格的な運用に向けた準備に取りかかっています。ハワイ観測所における FMOS の科学責任者である田村直之さんは 「ファーストライトは私達にとって大きな節目でした。これまでは、光ファイバーの配置精度の向上やその他装置の各部分の特性を良く理解するために明るい星の観測を主に行ってきましたが、今後は長い露出時間をかけて、より暗い天体の観測を行っていく予定です。」 と話しています。田村さんは最後に 「FMOS には大きな期待がかかっています。2010年には共同利用観測に用いることができるでしょう。」 と締めくくっています。


 FMOS について技術特性の詳細は、ジャーナルや International Society of Optical Engineering – SPIE (すばるトピックス記事参照:英語のみ) の会議記録に載っています。すばるで運用されている他の観測装置や革新的な技術に関する情報は、すばるウェブサイト内をご覧ください。




注1:アニメーション内の単語は光の道筋がどの観測モード時におけるものかを示しています。それぞれの観測モードは以下の通りです。
  • Low Resolution : 波長分解能が低分散モード時
  • J-short : 波長分解能が高分散モードにおけるJバンド内の短波長側
  • J-long : 高分散モードにおけるJバンド内の長波長側
  • H-short : 高分散モードにおけるHバンド内の短波長側
  • H-long : 高分散モードにおけるHバンド内の長波長側



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