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MOIRCS - すばるの新しい「赤外線の瞳」 ついに始動

2006年2月22日

図1:すばる望遠鏡のカセグレン焦点に
搭載された MOIRCS。縦・横・高さは
それぞれ約2メートル、重さは約2トンと
巨大な装置(全体)

 すばる望遠鏡が世界の天文学者に公開されたのは2000年12月のことです。およそ5年が経過した現在も、望遠鏡の能力をさらに高めるため、新しい観測装置が開発されています。それらの先陣を切って「すばる多天体近赤外撮像分光装置 (Multi-Object Infrared Camera and Spectrograph, 通称:MOIRCS、呼び名:モアックス) 」の一部の機能である撮像カメラが2006年2月より利用開始になりました。

○ 世界最大級視野を誇る近赤外線撮像装置
 東北大学と国立天文台とが共同で開発してきた MOIRCS は、天体から届く近赤外線の撮像及び分光観測を行う装置です(図1) 。近赤外線用としては巨大な400万画素の検出器2つを備え、世界の口径8-10m級望遠鏡の中では最大の視野 4分角×7分角 (注1) を誇ります。この広さは、近赤外撮像カメラ CISCO の視野の8.6倍に相当するほどです。宇宙の果て近くを観測する深宇宙探査では、すばる望遠鏡のような大口径の望遠鏡に加え、近赤外線撮像装置の視野の広さが鍵になります。MOIRCS は、天文学者たちの期待に応えた世界で最初の装置なのです。

○ ファーストライト画像
 図2 は、2004年に行った最初のエンジニアリング試験観測の際に、2回の撮像によって取得したオリオン星雲 (メシエ42) です。この画像を視野の狭い近赤外撮像カメラ CISCO で得ようとすると、17回もの撮像が必要になります。MOIRCS が捉えたオリオン星雲の画像と、CISCO を使い 9回もの撮像により合成したオリオン星雲の画像 (すばる望遠鏡のファーストライト画像:1999年1月発表) を比較してみてください。MOIRCS の視野の広さが実感していただけるでしょう。

画像情報
天体名: オリオン座星雲 (メシエ 42)

使用望遠鏡:
すばる望遠鏡 (有効口径8.2m)、カセグレン焦点
使用観測装置: MOIRCS
フィルター:J (1.2μm)、H(1.6μm)、Ks(2.2μm)
カラー合成: 青(J)、緑(H)、赤(Ks)
観測日時: 世界時2004年9月21-22日
露出時間: 360秒 (J)、216秒 (H)、246秒 (Ks)
視野: 12.7分角 x 4.2分角
画像の向き: 右が北、上が東
位置: 赤経(J2000.0)=5時35分、赤緯(J2000.0)=-5度19分 (オリオン座)

図2:MOIRCSによるオリオン座星雲(全体)

 二つ目の画像 (図3) は、MOIRCS によって私たちの銀河系の中心方向を撮影したものです。銀河面に沿って広がる大量の星と、私たちにより近いところにある厚い暗黒星雲が複雑に混ざり合い、きわめて印象的な姿を見せています。近赤外線は可視光よりも暗黒星雲などに吸収されにくいため、銀河系の中心方向にある星々を近赤外線装置である MOIRCS ははっきりと捉える事ができるのです。同じ領域を赤外線と近可視光で撮影した画像と比較すると、可視光の画像には銀河中心の方向にある星々がまったく写っていないことがわかかります (比較の画像はこちら) 。

画像情報
天体名: 銀河系中心

使用望遠鏡:
すばる望遠鏡 (有効口径8.2m)、カセグレン焦点
使用観測装置: MOIRCS
フィルター:J (1.2μm)、Ks(2.2μm)
カラー合成: 青(J)、緑(J+Ks)、赤(Ks)
観測日時: 世界時2004年9月22日
露出時間: 75秒 (J)、227秒 (Ks)
視野: 7分角 x 4分角
画像の向き: 左上40度方向が北、左下が東
位置: 赤経(J2000.0)=17時46分、赤緯(J2000.0)=-29度1分 (いて座)

図3:MOIRCSによる我々の銀河系中心(全体)

○ 驚異の近赤外多天体分光機能
 撮像観測で優れた能力を持つ MOIRCS は、口径が8-10m級の大望遠鏡では世界で初めて、近赤外波長域で一度に複数の天体の分光観測を行う多天体分光機能を備えています。分光観測とは、天体から届く光を波長毎に分解し、天体の物理情報を詳しく調べる手法です。IRCS や OHS をはじめとするこれまでの近赤外線の分光装置は、一度に一つの天体の光を分解できるだけでした。一度にたくさんの天体の光を分光できる MOIRCS では、観測の効率を劇的に上げることが可能になります。

 しかし、多天体分光機能を実現させるためには、多くの課題がありました。観測装置本体の温度が高いと、それ自身からも赤外線が放射されてしまいます。天体から届く赤外線を調べるには、多天体分光観測に必要な多天体マスク (注2) を含む装置内部をマイナス150度以下まで冷却しなければなりません。極低温状態におけるマスクの駆動機構の開発など多くの技術的課題を克服しながらも MOIRCS の開発は順調に進み、2005年1月には分光機能のファーストライト観測を終えました。その後、性能試験を続け、2006年8月から分光機能も公開されることになりました。

 天文学のフロンティアの一つは、遠方宇宙の研究です。宇宙膨張に伴い、銀河が発する可視域の光はすべて近赤外線域にシフト (赤方編移) してしまうことから、大型望遠鏡に搭載可能な近赤外線の多天体分光装置の登場に期待がかかっていました。MOIRCS は、この夢をかなえてくれたのです。


本画像は装置を調整する前の試験データです
図4:MOIRCS多天体分光データ(全体)
MOIRCS の一回の観測により得られた多天体分光観測のオリジナルデータ (H+Kバンド) 。データは画面中央で右と左とに分かれており、中央から左右の外へ向かう方向がそれぞれ波長の長い側。画像中には、31個の天体のスペクトルが写っており、口径が8m級望遠鏡で同時に得られた近赤外分光スペクトルとしては、これまでで最も数が多いものの一つ。バーコード状の一つ一つが、多天体マスク上にあけられたスリットによってできた近赤外線スペクトル。ただし、バーコード模様そのものは地球大気によるスペクトルで、天体の光を分解したスペクトルはバーコード模様の中に横に伸びた細い筋である。左右に伸びる細い白い線は位置参照用の星の穴によるもの。(多天体分光観測の概念図はこちら。)

○ 手作りの装置開発
 MOIRCS を開発した主力メンバーは、東北大学の大学院生たちです。彼らは日本からハワイへ移り住み、ハワイ観測所のスタッフと5年以上の歳月をかけて作業を続けてきました。最も長い期間、携わる大学院生の一人・鈴木竜二さんは「MOIRCS のような大型装置の開発では作業項目が多岐に渡るため、一人ひとりが自分の分担に責任を持って遂行することが非常に重要でした」と話しています。院生を指導しながら、開発を指揮してきた東北大学の市川隆助教授は「知識も技術も何もないところから、ここまで成し遂げた若い学生たちの可能性を改めて見直しましたね」とこれまでを振り返ります。

 一般的に、天文学の観測装置の多くは、メーカーが作る特注品です。MOIRCS は、世界最高性能の部品を自分たちで調達し、実験を重ねながら一つ一つ組み上げていきました。ハワイ観測所で MOIRCS 担当のプロジェクトマネージャー・小俣孝司さんは「MOIRCS 開発の意義は、観測所における装置開発体制に端緒を開くこと、開発を "早く(納期)"、"安く(予算)"、"うまく(高性能)" 行うことへの挑戦にありました。今回の様々な苦労や経験が、これからの装置開発に大いに役立っていくのではと期待しています」と語っています。

 一昨年の9月に行われたファーストライトから、一年以上に渡り性能向上と改良を続けた MOIRCS。すばる望遠鏡の能力を飛躍的に向上させる新しい「赤外線の瞳」は、私たちにどのような宇宙の姿をみせてくれるのでしょうか。これからの MOIRCS の活躍にご注目ください。

(注1) 1分角は、1度の60分の1
(注2) 可視光域の観測装置 FOCAS の多天体分光観測やマスクについては、こちら




※ MOIRCS に関するさらに詳しい情報は、ハワイ観測所の MOIRCS ページ(英語のみ)、および MOIRCS グループのページをご覧ください。

□ MOIRCS グループ:
・代表: 市川隆 (東北大学理学研究科天文学専攻)
・前代表: 西村徹郎 (国立天文台ハワイ観測所)
・プロジェクトマネージャー:小俣孝司 (国立天文台ハワイ観測所)
・開発メンバー (50音順) :内一・勝野由夏 (国立天文台ハワイ観測所)、小西真広 (東北大学)、鈴木竜二 / 田中壱 / 東谷千比呂 (国立天文台ハワイ観測所)、山田亨 (国立天文台三鷹)、吉川智裕 (東北大学)

□問い合わせ先:
市川 隆 ichikawa <at> astr.tohoku.ac.jp (<at>は@に読み替えてください)



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