観測成果

ジャコビニ・ツィナー彗星から複雑な有機物由来の赤外線輝線バンドを検出

2019年11月18日 (ハワイ現地時間)

  JAXA 宇宙科学研究所、京都産業大学 (神山天文台)、国立天文台、岡山理科大学の研究チームは、「10月りゅう座流星群」の母天体であるジャコビニ・ツィナー彗星について、2005年にすばる望遠鏡で観測されたデータを詳細に解析しました。その結果、脂肪族炭化水素や多環芳香族炭化水素といった複雑な有機分子に起因する可能性が高い未知の輝線バンドを検出し、ジャコビニ・ツィナー彗星に大量の有機物が含まれていることが明らかになりました。こうした有機物は高温環境で形成されやすいことが知られており、ジャコビニ・ツィナー彗星は、巨大惑星の「周惑星円盤」のような特殊な環境で作られた可能性が考えられます。今回の成果は、原始太陽系円盤における氷微惑星の形成環境の多様性を示しており、その一部は流星という形で太古から地球へこうした有機物を供給してきたと考えられます。


図1

図1: 原始太陽系で作られた彗星の有機物が地球にもたらされる様子の模式図。彗星は原始太陽系円盤の中で形成された微惑星の生き残りと考えられています。そのほとんどが氷とダストでできていますが、有機分子にも富むことが知られています。彗星に複雑な有機分子が存在すれば、それらは水や様々な分子とともに、地球との衝突や彗星から放出されたダストによる流星という形をとって原始地球に降り注いだと考えられます。(クレジット:京都産業大学)



  彗星は、地球に水や有機物をもたらした起源天体のひとつと考えられていますが、現在でもその起源は完全には理解されていません。彗星にどの程度の有機物が存在するのか、またどういう経路を通じて地球に運ばれたのかなど、まだまだ解明すべき点があります。彗星物質が地球に運ばれる経路としては、彗星自身が地球に衝突すること以外にも、流星 (流れ星) が挙げられます。流星の正体は、彗星などが過去に宇宙空間に放出した固体微粒子 (ダスト) が地球とぶつかるときに、地球大気との摩擦により大気やダストが光を放つ現象です。つまり、彗星に有機物が存在すれば、流星という形で過去に地球表面まで運ばれた可能性が十分に考えられます (図1)。

  ジャコビニ・ツィナー彗星 (21P/Giacobini-Zinner、図2) は周期 6.6 年の短周期彗星で「10月りゅう座流星群」(旧称ジャコビニ流星群) の母天体として知られています。この彗星は、これまでの観測から、多くの分子 (炭素を含む分子、NH2、高い揮発性分子) が欠乏し、可視光連続光成分の偏光度が負の傾き (一般的な彗星は正の傾き) を持つことが報告されていました。彗星の分光学的分類でも、全彗星の約6%しか存在しないジャコビニ・ツィナー型に分類されており、揮発性分子もダストも共に非常に特異な性質を持つ彗星であることが知られています。これらの先行研究から、ジャコビニ・ツィナー彗星は,原始太陽系円盤中で、他の彗星とは異なる特殊な環境で形成された可能性が指摘されていましたが、具体的な形成場所については議論が続いていました。


図2

図2: 2018年8月22日に可視光で観測されたジャコビニ・ツィナー彗星。(クレジット:Michael Jaeger 氏)


  また、このような偏光観測で偏光度に負の傾きを持つ天体は、その表面を覆うダストに複雑な有機分子が含まれている可能性が指摘されています。しかし、彗星における複雑な有機分子は欧州の彗星探査機「ロゼッタ」によるチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 (67P/Churyumov-Gerasimenko) の測定がほぼ唯一の検出例 (グリシンなど) で、天文観測ではこれまで分子量が 100 を超えるような複雑な有機分子の検出例がありません。彗星にどの程度まで複雑な有機分子が存在するのかは、ほとんど分かっていませんでした。

  今回、JAXA 宇宙科学研究所、京都産業大学 (神山天文台)、国立天文台、岡山理科大学の研究チームは、「10月りゅう座流星群」の母天体であるジャコビニ・ツィナー彗星について、2005年7月5日 (世界時) にすばる望遠鏡の中間赤外線観測装置 COMICS で観測された撮像および分光データを詳細に解析しました。その結果、この彗星に含まれるシリケイト (ケイ酸塩) 鉱物特有の輝線バンドに加えて、彗星において未知の輝線バンドを検出しました (図3)。


図3

図3: ジャコビニ・ツィナー彗星の中間赤外線スペクトル (黒い点) を他の様々な彗星と比較したもの (灰色網かけ部分は、地球大気オゾンの吸収による観測データへの影響が残っている領域)。ジャコビニ・ツィナー彗星は他の彗星とは大きく異なり、これまで彗星では検出されたことのない未知の特徴的な輝線バンドを示しています。これら未同定バンド放射のうち、波長およそ 8.2, 8.5, 11.2 マイクロメートルのピークは多環芳香族炭化水素 (PAH)、波長およそ 9.2 マイクロメートルのピークは脂肪族炭化水素由来の可能性が高いと考えられます。(クレジット:Ootsubo et al.)


  実験室で測定された様々な分子のスペクトルと比較した結果、これらの未同定輝線バンドは脂肪族炭化水素や多環芳香族炭化水素といった複雑な有機分子に起因する可能性が高いことがわかりました (図3)。例えば、多環芳香族炭化水素は複数のベンゼン環が縮合した炭化水素で、10 個以上の炭素原子を含む複雑な有機分子です。これは、ジャコビニ・ツィナー彗星には大量の有機物が含まれていたことを意味します。こうした有機分子は氷が形成される温度よりも高温の環境で形成されやすいことから、この彗星は平均的な彗星よりも高温 (絶対温度数 100 ケルビン) の領域で形成された可能性が高いことがわかりました。

  一方で、今回得られた中間赤外線スペクトルをもとに決定したシリケイト鉱物の結晶度は、他の彗星と似た値を示すことがわかりました。結晶質のシリケイト鉱物は、原始太陽近くの絶対温度 1000 ケルビン程度の領域で形成され、太陽から離れた場所まで運ばれたのちに最終的に彗星に取り込まれたと考えられています。太陽から遠方になるほど取り込まれにくい結晶質シリケイトが平均程度含まれていることから、ジャコビニ・ツィナー彗星は「太陽からの距離」という観点では他の多くの彗星と似たような領域で形成されたことが予想されます。

  これらの結果を総合すると、ジャコビニ・ツィナー彗星は、太陽からの距離は他の彗星と似ている (シリケイト鉱物の結晶度から推定) にも関わらず、他の彗星より暖かい場所で形成された (複雑な有機分子の検出) 可能性が示されました。このような特殊な場所の有力な候補として、原始太陽系円盤では木星などの巨大惑星の周りに作られる「周惑星円盤」が考えられます。惑星は形成される際に周囲の塵やガスを重力によって取り込みながら成長しますが、その取り込まれていく物質は惑星の周囲に円盤状の構造である「周惑星円盤」を作ります。周惑星円盤は周囲よりも密度が濃く温度も高くなるため、有機物が形成される可能性が高いと考えられるのです。

  彗星の本体である氷微惑星は今から約 46 億年前の原始太陽系円盤中で形成されたと考えられていますが、本研究により、その形成領域と温度環境に大きな多様性があることが明らかになりました。様々な環境で作られた彗星の一部には暖かい環境で作られた複雑な有機物をたくさん含んでいるものもあり、その彗星から放出された物質が、流星という形で太古から地球へこうした有機物を供給してきたと考えられます。

  今回、ジャコビニ・ツィナー彗星には複雑な有機分子が検出されましたが、他の彗星にも存在するのか、どういう分子構造なのか詳細を明らかにするには、更なる観測が重要です。「天体の有機物と鉱物組成比をとらえるには中間赤外線の観測が有効ですが、地球の大気が邪魔をしてしまい、地上から観測できる中間赤外線は限られた波長範囲になってしまいます」と語るのは、論文筆頭著者の大坪貴文さん (JAXA 宇宙科学研究所) です。「地球大気の外、宇宙空間からであれば、さらに多様な有機物の詳細な赤外線観測が可能となります。2020年代打ち上げを目指し、現在日本と欧州が共同で開発を進めている次世代赤外線天文衛星 SPICA は、まさに宇宙の様々な時代・場所にこうした有機物や鉱物がどのように存在しているのかを調べ、太陽系や地球のような惑星がどのように誕生したのかを明らかにすることを目指しています」と、天文衛星も活用した今後の展開に期待を述べています。


  この研究成果は、国際的な惑星科学誌『イカルス』に2019年11月18日付で掲載されました (Takafumi Ootsubo, Hideyo Kawakita, Yoshiharu Shinnaka, Jun-ichi Watanabe, Mitsuhiko Honda, "Unidentified Infrared Emission Features in Mid-infrared Spectrum of Comet 21P/Giacobini-Zinner")。論文のプレプリントはこちらから閲覧可能です。また本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 (課題番号:S1411028) および科学研究費補助金 (課題番号:JP17K05381, JP19H00725) の助成を受けて行われました。


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