観測成果

遠方宇宙

'影絵'で見えた 115 億年前の宇宙の原始超銀河団ガス

2017年3月28日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

大阪産業大学、東北大学、JAXA などの研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡の主焦点カメラによる観測から、115 億年前の宇宙における中性水素ガスの分布を、かつてない広さで描き出すことに成功しました (図1)。その結果、中性水素ガスが1億6千万光年以上のスケールにわたって原始超銀河団を覆い包むように広がっていることが明らかになりました。このような巨大ガス構造は、初期宇宙における大規模構造形成やガスから銀河への進化を考える上で貴重な研究対象であり、さらなる調査が期待されます。

'影絵'で見えた 115 億年前の宇宙の原始超銀河団ガス 図

図1: 115 億年前の原始超銀河団領域における銀河分布 (左上) と、今回の解析で使われたすばる望遠鏡の主焦点カメラ Suprime-Cam で撮影された画像 (右)。主焦点カメラ画像には中性水素ガス分布を重ねて合成しており、赤色が濃い部分ほど中性水素ガスが多い領域になっています。また水色四角は原始超銀河団に所属する銀河を表しています (水色四角がついていない天体は手前の銀河や星) が、中性水素ガスが必ずしも銀河分布に正確に沿っているわけではないことが分かります。右の画像のみを抜き出したものがこちら。(クレジット:大阪産業大学/国立天文台)

私たちの宇宙は、数億光年ほどのスケールで銀河の集団が密だったりまばらだったりするのを超えると、どちらを向いても、またどの距離を見ても、同じような見え方になります。この「宇宙の大局的な一様・等方性」がどれくらい完全なのか、また、宇宙の大規模構造の種となる初期の密度ゆらぎがどのような性質を持っていたのかを理解することは、現代の天文学における重要な課題です。そのためには様々な時代の宇宙における巨大構造を観測的に調べる必要があります。特に、銀河が群れ集まった「銀河団」や「超銀河団」という巨大な構造において、銀河の材料となるガスの分布を観測的に調べることが鍵となります。

光り輝くことがないガスの存在を知るためには、背景の明るい天体光がガスによって影絵のように暗くなる効果を利用します。特にガス中の中性水素は背景にある天体からの光のうち特定の波長のみ吸収するため、背景天体のスペクトル中に特徴的な吸収線が現れます。これまでの研究では、遠方でもたいへん明るい「クエーサー」と呼ばれる天体が背景光として利用されてきました。しかし、観測できるクエーサーは数が限られているため、調べたい領域の中で一点のガス情報しか得られないことがほとんどでした。そのため、領域内でガスがどのような分布をして広がっているのか、いわば「面」の情報を得ることが長年望まれていました。

今回、大阪産業大学の馬渡健さんを中心とする研究グループは、遠方宇宙の画像から中性水素ガス分布を面的に調べる新しい手法を開発しました (図2)。新しい手法では、宇宙でありふれた銀河を背景光として利用し、しかも特定の波長の光のみを通す狭帯域フィルターで撮られた画像を用います。個々のクエーサーを分光観測していた従来の手法に比べて、広い領域におけるガスの分布を短時間で効率よく調べることができるのです。研究グループは、彼らが過去にすばる望遠鏡搭載の主焦点カメラ Suprime-Cam で行った、115 億年前の宇宙における大規模な銀河探査のデータに対して、この新手法を適用しました。探査天域には「SSA22」領域という超銀河団の先祖 (原始超銀河団) も含まれています。SSA22 領域では新しい銀河が活発に作られつつあることが知られており、ガスから銀河への進化を考える上で貴重な研究対象です。

'影絵'で見えた 115 億年前の宇宙の原始超銀河団ガス 図2

図2: これまでの中性水素ガスの研究手法 (左図) と今回新しく提唱された研究手法 (右図)。これまでの研究手法では調べたい領域中に一個の背景光源 (クエーサー) しかないことが多いのに対して、本研究では領域中にたくさんある銀河を使うため、中性水素ガス密度を「面的に」調べることができます。また分光スペクトルの吸収線を見るのではなく、狭帯域フィルターを通した画像内で天体がどのくらい暗くなったかでガスによる吸収量を測定します。今回の研究では、すばる望遠鏡の高い広視野撮像能力と組み合わせることにより、かつてない広さの中性水素ガス分布地図の作成を実現しました。(クレジット:大阪産業大学/国立天文台)

研究グループは、新たな手法による解析の結果、115 億年前の宇宙における中性水素ガスの分布について、これまでで最も広い視野の地図を複数の天域において描き出すことに成功しました (図3)。さらに、SSA22 原始超銀河団では、中性水素ガス濃度が探査領域全面に渡って一般領域 (SXDS と GOODS-N と呼ばれる領域) よりも顕著に高いことを見つけました。次々と新しい銀河が生まれつつある原始超銀河団のような環境には材料となる中性水素ガスもふんだんにあることを、はっきりと確認したのです。

'影絵'で見えた 115 億年前の宇宙の原始超銀河団ガス 図3

図3: 本研究で調べた3天域の中性水素ガスの空間分布。一般領域 (SXDS、GOODS-N) では中性水素ガス濃度がその時代の宇宙の平均程度しかないのに対して、SSA22 原始超銀河団では全面に渡って平均より高いガス密度であることが分かります。等高線は銀河数密度を表しており、太い実線が平均の銀河数密度で、それよりも内側の細い実線は銀河密度が平均よりも高い領域であることを示し、細い破線は平均より低いことを示しています。(クレジット:大阪産業大学/国立天文台)

一方で、原始超銀河団中での銀河と中性水素ガスの分布を局所的に見比べると、必ずしも銀河が最も密集している部分にガスも多いというわけではないこともわかりました。銀河密度とガス濃度の間に相関がないのです。これは、中性水素ガスが個別の銀河の周囲にだけあるのではなく、原始超銀河団領域全体にわたって薄くのっぺりと広がっていると解釈できます。SSA22 領域では中性水素ガスが探査領域全面に渡って多く見られるため、実際はさらに大きく1億6千万光年以上にわたって広がっていると考えられます。これまでは、過去の宇宙ほど物質の分布構造の濃淡は淡く、大スケールかつ高密度な構造は少ないと考えられてきました。しかしながら今回の解析からは、1億6千万光年という超銀河団程度の大きさの構造が、初期宇宙において既に存在するという驚くべき事実が明らかになりました。

本研究により、宇宙が今よりもはるかに若かった時代における中性水素ガスの空間分布が大規模に調べられ、銀河とガスとの関係について新たな知見が得られました。特に、宇宙における従来の構造形成論の定説を検証する上で、今回発見された SSA22 原始超銀河団における中性水素ガスの巨大構造は鍵となり、今後のさらなる調査が望まれます。馬渡さんは「原始超銀河団では濃いガスが予想よりはるかに広がって分布していることに驚きました。全体像を把握するためにはより広視野の狭帯域フィルター撮像観測が必要ですが、それはまさに現在活躍中の超広視野主焦点カメラ HSC が得意とするところです。今後、SSA22 を含む複数の原始超銀河団でガス分布と銀河分布の関係を、HSC を使い統計的に調べていきます」と意気込んでいます。


この研究成果は2017年6月にオックスフォード大学出版から発行される英国王立天文学会の学術誌 (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) の電子版に掲載されました (Mawatari et al. 2017, MNRAS, 467, 3951, "Imaging of diffuse H i absorption structure in the SSA22 protocluster region at z = 3.1")。またこの研究成果は、科学研究費補助金 JP26287034 および JP16H06713 によるサポートを受けています。

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