観測成果

銀河団の観測からつかんだ「冷たい暗黒物質」の証拠

2013年6月12日

  台湾中央研究院、イギリス・バーミンガム大学、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)、東北大学からなる国際研究チーム () は、すばる望遠鏡で撮影した 50 個の銀河団の観測データを用い、我々の宇宙を満たす、光を発しない謎の暗黒物質 (ダークマター) の密度分布を宇宙空間のひずみ「重力レンズ」効果を通して求め、暗黒物質の分布が "冷たい暗黒物質" (Cold Dark Matter, CDM) モデルの予言する特徴と一致する新たな証拠を発見しました。


  約 80 年前に天文学の研究から暗黒物質の存在の証拠が指摘されて以来、その存在を疑う天文学者は今ではほとんどいないと考えられます。しかしながら、天文学者は宇宙の暗黒物質を直接見ることはできません。また、素粒子物理学者も暗黒物質の候補である未知の素粒子を地上実験で未だ発見できていません。宇宙の物質の約 85 % が暗黒物質であるという強い証拠があるにも関わらず、「暗黒物質とは何か?」という問題は、天文学者および素粒子物理学者が直面している未解決の大問題の一つです。

  台湾中央研究院の岡部信広博士が率いる研究チームは、宇宙最大の天体である銀河団に存在する暗黒物質の密度分布を測定し、暗黒物質の性質の解明に挑みました。研究チームのメンバー、バーミンガム大学の Graham Smith 博士は、「銀河団の例えとして、夜に上空から見渡したときの巨大な街をイメージしてください。街明かり一つ一つが銀河です。街明かりの間に広がる漆黒の闇は何もないように見えますが、実は暗黒物質で満たされているのです。暗黒物質は、街灯を照らすために必要な電線などのように、銀河団のなかで銀河を形成するために必要なインフラの役割を果たしているのです。」と語ります。研究チームは沢山の銀河団 (街) のサンプルを集め中心部から外縁部 (郊外) に移動するにつれ、暗黒物質 (インフラ) の密度がどのように変化していくか調べようとしました。

  銀河団領域の暗黒物質の密度分布は、暗黒物質の特性を反映していると考えられています。現在の最も有力な暗黒物質の候補である冷たい暗黒物質モデルは、ニュートリノのような素粒子とは異なり、暗黒物質の熱運動の速度が非常に小さく ("冷たく")、また暗黒物質間あるいは通常の物質との間には重力だけが働く、というモデルです。このモデルに基づくシミュレーションによると、銀河団のような質量の大きい天体では、銀河のような質量の小さい天体と比較して、暗黒物質が中心に集中しない、やや拡がった分布であることを予言しています。

  光を発しない暗黒物質を観測するためには、重力レンズ効果とよばれる、アインシュタインの重力理論が予言する効果で、天体の重力により周りの時空が歪められ、近くを通る光の経路さえ曲げられる現象を利用しました。この効果により、銀河団の領域に観測されるより遠方の銀河 (背景銀河) が、銀河団の質量の分布に応じてわずかに歪んだ形状で観測されます。大量の背景銀河の形状を注意深く、詳しく調べることで、銀河団領域の暗黒物質の分布を測定することが可能になります (図1)。


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図1: すばる望遠鏡で観測された銀河団の画像 (左) から暗黒物質分布 (右) を復元する流れ。観測画像に写っている背景銀河の形状を精密に測定し、視野全体でのゆがみのパターン (中央) を調べることで、銀河団領域での暗黒物質分布を測定することが可能になります。(Credit: NAOJ/ASIAA/School of Physics and Astronomy, University of Birmingham/Kavli IPMU/Astronomical institute, Tohoku University)


  今回、研究チームは、すばる望遠鏡の主焦点カメラ Suprime-Cam (シュプリーム・カム) の銀河団データを解析し、銀河団領域の暗黒物質の分布 (質量密度分布) を測定しました。岡部博士は、「すばる望遠鏡は重力レンズの測定には世界最高の観測装置です。すばる望遠鏡を用いて初めて、銀河団領域の暗黒物質がどのように背景の銀河の像を歪ませているかを正確に測定できます。1パーセント程度の銀河形状の歪みを測定する必要があるので、すばる望遠鏡の高い解像度が威力を発揮するのです」と語ります。

  暗黒物質の質量分布は2つの指標で特徴付けることができます。一つは銀河団の総質量、もう一つは中心付近から外縁部に移るにつれて密度が減少する度合い「質量集中度」です。同じ総質量の銀河団でも、中心に質量が集中している銀河団では質量集中度が大きくなります。

  これまでの研究では、冷たい暗黒物質モデルと一致しない、大きな質量集中度結果が報告がされていました。岡部博士は今回の研究の特徴について、「これまでの研究では、用いた銀河団のサンプルが少なく、銀河団の個性が影響しているのではないかと疑っていました。今回、我々は 50 個という過去最大の銀河団サンプルを偏りなしに選択しました。そして、すばる望遠鏡で撮影した高精度のデータを解析することで、暗黒物質の分布の平均的な姿を導き出したのです」と語ります。

  今回の研究結果が図2に示されています。図中、左側には、個々の銀河団で復元された暗黒物質の分布が示され、その個性が豊かであることがわかります。中央には、50 個の銀河団の平均的な暗黒物質分布が示されています。ここから、暗黒物質の分布が、顕著な質量ピークを中心に持ち、中心から見て対称な分布を持つことが分かります。右の3つの図は、質量集中度の異なる暗黒物質分布のシミュレーション結果です。観測された銀河団の質量分布は、冷たい暗黒物質モデルの予言に非常に近いことが分かります。

  岡部博士は今回の研究について、「この結果に非常に満足しています。この素晴らしい結果は、すばる望遠鏡で得られた最高の観測データを慎重に解析した結果です」と語ります。


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図2: 個々の銀河団の暗黒物質分布 (左)、50 個の銀河団を平均した暗黒物質分布 (中央)、 暗黒物質モデルによるシミュレーション (右)。冷たい暗黒物質モデル (右パネル中央) が観測された平均の暗黒物質分布と一致することがわかります。青 → 緑 → 黄 → 赤の色の順に暗黒物質の密度が高くなります。また、中央パネルの白い線は 100 万光年の長さを表します。(Credit: NAOJ/ASIAA/School of Physics and Astronomy, University of Birmingham/Kavli IPMU/Astronomical institute, Tohoku University)


  Smith 博士は今後の展開について、「しかし、我々の研究はここで完結したわけではありません。さらに銀河団中心に近づくスケール、例えば街明かりの街灯である銀河スケールまで暗黒物質分布を測定することを目標にしています。それができれば、暗黒物質の性質や銀河形成に関わる物理過程にさらに踏み込むことができるでしょう」と語ります。

  東京大学 Kavli IPMU の高田昌広教授もこの研究の将来性に注目しています。「多数の銀河団の重力レンズ測定を一つの観測量に統合する今回の方法は、暗黒物質の研究にとても強力な方法です。現在、日本の天文学者は、すばる望遠鏡の新しい超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC, ハイパー・シュプリーム・カム) を用い、来年から5年間の予定で、人類史上最大の銀河探査観測を実行する準備を進めています。この HSC 探査観測で発見される数千の銀河団に今回の方法を適用することで、この研究のさらなる発展が確実に起こります。今回の我々の結果は、この統計的重力レンズの方法が、すばる望遠鏡のデータ、実際のデータで実行可能であることを証明する重要な結果です!」


  本研究成果は、2013年5月17日、米国の天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レター』(2013年6月1日号) に掲載されました。(Okabe et al. 2013, "LoCuSS: The Mass Density Profile of Massive Galaxy Clusters at z=0.2", The Astrophysical Journal Letters, 769, 35)。


  本研究は以下のデータを一部利用しています。

  • すばる望遠鏡と Gemini 望遠鏡の時間交換枠で撮られたデータ
  • 国立天文台の天文データセンターによって運営されるすばる望遠鏡公開データアーカイブシステム (SMOKA) からのデータ

  また本研究は以下からのサポートを受けています。

  • 日本文部科学省、世界トップレベル研究拠点プログラム (WPI)
  • 日本学術振興会、最先端研究開発支援プログラム (the FIRST program) "Subaru Measurements of Images and Redshifts (SuMIRe)"
  • イギリス王立協会
  • 台湾、行政院國家科學委員會 "grant NSC100-2112-M-001-008-MY3"
  • 台湾、"the Academia Sinica Career Development Award"

(注) 研究チームの構成

  • 岡部信広 (台湾中央研究院)
  • Graham Smith (イギリス・バーミンガム大学)
  • 梅津敬一 (台湾中央研究院)
  • 高田昌広 (東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構)
  • 二間瀬敏史 (東北大学大学院理学研究科)




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