観測成果

すばる望遠鏡、ウルトラ赤外線銀河の謎を解明
- かすかな星の分布の様子が多重合体の証拠となった -

2012年5月24日

概要

  愛媛大学宇宙進化研究センターの谷口義明 (たにぐち よしあき) センター長を中心とした研究チームは、すばる望遠鏡を用いた観測により、ウルトラ赤外線銀河 (太陽の1兆倍ものエネルギーを赤外線で放射している銀河) の代表格であるアープ 220 が、4個以上の銀河の多重合体である動かぬ証拠を発見しました。ウルトラ赤外線銀河は激しい星生成活動の後、巨大ブラックホールをエネルギー源として非常に明るい放射をするクエーサーと呼ばれる天体に進化すると考えられています。

  これまでは,単純に2個の銀河が合体することでウルトラ赤外線銀河が形成されたと考えられていました。ところが、宇宙には銀河数個が群れている銀河群が多数あります。今回の発見は、1つの銀河群に含まれる全ての銀河が合体し、ウルトラ赤外線銀河に進化したことを示しています。

  今回の研究成果は宇宙における多様な銀河進化の新たな一面を明らかにしたものであり、ウルトラ赤外線銀河の成因に新たな知見を与えるものと期待されます。(研究者による解説ムービー)


研究の背景

  ウルトラ赤外線銀河 (超高光度赤外線銀河) はその赤外線光度が太陽1兆個分もあり、1980年代に行われた赤外線全天サーベイ観測で発見された不思議な銀河です。これまでわかっている性質をまとめると次のようになります。

1. 銀河同士が合体してできた銀河
2. 激しい星生成 (スターバースト) が起こっている
3. 大量に生まれた大質量星は超新星爆発を起こし、銀河風が吹き荒れている (スーパーウインドと呼ばれる)
4. 超巨大ブラックホールが育ち、非常に明るい活動銀河中心核を持つようになる (クエーサーと呼ばれるものに進化する)

  これらのウルトラ赤外線銀河の起源として考えられているのは銀河の合体ですが、論争がありました。それは何個の銀河が合体したかということについてです。

1. 2個の銀河の合体 (米国のサンダース博士らが提案、注1)
2. 3個以上の銀河の合体:多重合体説 (谷口義明らが提案、注2)

  現在、受け入れられている銀河形成論では、銀河は多数の合体を繰り返して、現在のような巨大な銀河に育ってきたと考えられています。ウルトラ赤外線銀河は近傍の (すなわち、現在の) 宇宙で観測される最も明るい合体銀河です。しかも、クエーサーに進化すると考えられており、銀河と巨大ブラックホールの進化という観点でも、非常に重要な位置づけにあります。したがって、その正体を明らかにすることはとても大切な問題です。


今回の研究成果

  ウルトラ赤外線銀河の正体を見極めることは、簡単なことではありません。銀河の合体が絡んでいることは確かなのですが、合体がかなり進行しています。そのため、どのような銀河が合体に参加したか特定しにくいからです。

  そこで研究チームは次の戦略をとることにしました。

1. 私たちに最も近いウルトラ赤外線銀河であるアープ 220 を調べる (注3)
2. 合体の痕跡を詳しく調べるために、すばる望遠鏡の主焦点カメラを使う


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図1: アープ 220 の可視光写真 (R バンド)。左はハッブル宇宙望遠鏡の ACS カメラで撮影された画像で、右は研究チームがすばる望遠鏡の主焦点カメラ Suprime-Cam で撮影した画像です。すばる望遠鏡で撮影した画像を見ると、アープ 220 の周辺に淡い構造が拡がっていることがわかります。この構造は合体の際の潮汐効果で生じたものです。(クレジット:愛媛大学/国立天文台、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。)


  この戦略をもとに、研究チームはさらに工夫を凝らしました。銀河の合体では、星は一定のペースで生成されるわけではありません。合体を通じて、ガス雲が激しく圧縮されるときに、星が大量に生まれます。それがスターバーストです (注4)。そこで研究チームは、アープ 220 の中で、星がどのタイミングで大量に生まれ、死んでいったのかを調べることにしたのです。つまり、アープ 220 では、合体に伴い、どのような特徴的な星生成の歴史を経験してきたのかを調べるのです。これがわかれば、何個の銀河がどのように合体してきたかを決めることができます。

  この目的のため、研究チームは水素原子の放射・吸収で生じる Hα 線に着目することにしました。その理由は、次にまとめるように、Hα 線がさまざまな星生成の歴史を物語ってくれるからです。

1. 星生成が活発な領域では大質量星の紫外線によってガスが電離し、水素原子の再結合線として Hα は輝線として観測される : スターバーストやスーパーウインドの証拠になる
2. 星生成が終了し、太陽の数倍程度の質量を持つ中質量星が卓越するとそれらの星の大気による吸収で Hα 線は吸収線として観測される : スターバーストが終了した「ポスト・スターバースト」という状態である証拠になる

  そこで研究チームはアープ 220 の Hα 線のみを検出できる特殊なフィルターを用いて、撮像観測を行いました。すると、図2に示すような不思議な構造が浮かび上がってきました。


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図2: アープ 220 の Hα 線による画像 (左)。明るい色の場所は Hα が輝線で観測される領域で、黒く見えている場所は吸収線として観測される領域です。右には R バンドの画像を示してあります。図をクリックすると拡大図が表示されます (ラベル無し拡大図)。(クレジット:愛媛大学/国立天文台、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。)


  図2に示した Hα の輝線領域は従来の観測で検出されていたもので、「8」の字を横倒しにした構造はスーパーウインドが吹いている領域です。まだスーパーウインドが壊れておらず、二つの泡構造のように見えています (スーパーバブル構造と呼ばれます)。

  今回の観測で新たに発見された構造は、Hα が吸収線として観測される領域です。場所は2カ所あります。

1. 左側のスーパーバブルの中
2. 合体の際の潮汐効果で生じた南北方向に延びる2本のテール (尾のような構造)
これらの領域は Hα 線が吸収線として観測されるので、ポスト・スターバースト領域であることがわかります。

  驚くべきことは、20 kpc (65000 光年) の長さもあるテール領域がポスト・スターバースト領域だということです。

  そもそも、スターバーストは銀河円盤で定常的に行われる星生成とは様子が異なり、まさにバースト的に (爆発的な勢いで) 星が生まれます。そのため、スターバーストの発生には銀河の合体が深く関連していると考えられています。二つの銀河が合体すると (一つの円盤銀河とその衛星銀河でもよい)、最終的には合体銀河の中心部に巨大ブラックホールのペアができ、それらが公転運動するときに強い衝撃波が発生します。これが周辺のガスを圧縮し、激しいスターバーストを引き起こすことができます (注5)。この場合、一つのスターバーストを発生させるには二つの銀河が必要になります。これは、とりもなおさず、一つのポスト・スターバースト領域を作るには二つの銀河が必要であることをも意味します。

  さて、いよいよ潮汐効果による2本のテールの形成です。これを理解するには、良い例があります。それが図3に示したアンテナ銀河におけるテール形成の様子です。アンテナ銀河は、2つの円盤銀河が衝突・相互作用している銀河です。


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図3: 二つの円盤銀河が相互作用しているアンテナ銀河。きれいな2本のテールが見えています。(クレジット:Digitized Sky Survey)


  図3を見てわかるように、一個の銀河から一本のテールが出ています。つまり、アープ 220 の2本のポスト・スターバースト・テールを作るには二つのポスト・スターバースト領域が必要です。結局、4個の銀河の合体がなければ、今回研究チームが発見した2本のポスト・スターバースト・テールの成因を説明することができません。アープ 220 の力学的進化をまとめたものを図4に示しました。


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図4:アープ 220 の2本のポスト・スターバースト・テールを生成する多重合体メカニズム。(クレジット:愛媛大学/国立天文台、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。)


  以上のことから、アープ 220 の起源は (少なくとも) 4個の銀河が参加した「多重合体」で非常によく説明できることがわかりました。

  研究チームを率いてきた谷口さんは「今後は、他のウルトラ赤外線銀河を系統的に調べ、多重合体の普遍性を検証していくことが大切な研究になります」と展望を語っています。


  本研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に受理され、2012年7月10日号に掲載が予定されています。なお、掲載予定の論文は以下の天文学関係の研究論文アーカイブで世界に公開されています。また本研究は、科学研究費補助金 (17253001, 19340046, 23244031, 23654068) によるサポートを受けて行われました。
研究論文アーカイブで公開されている掲載予定の論文 (PDF, arXiv:1205.0302v1)


動画: 研究チームの代表である谷口義明さん (愛媛大学宇宙進化研究センター) による解説。(2012年5月21日撮影)



参考になる図書:
1.「クエーサーの謎」講談社ブルーバックス、谷口 義明著 (2004年)
2.「巨大ブラックホールと宇宙」丸善、谷口 義明著 (2012年)


(注1) 論文 Sanders, D. B., et al. 1988, ApJ, 325, 74 で提案されています。

(注2) 論文 Taniguchi, Y., & Shioya, Y. 1998, ApJ, 501, L167 で提案されています。

(注3) アープ (H. C. Arp) が出版した特異銀河カタログの 220 番目に登録されている銀河。距離は2億 4000 万光年でへび座の方向にあります。

(注4) 主として銀河中心領域で発生する現象。短期間 (1000 万年以内) に数 100 光年ぐらいの領域で、大質量星 (太陽質量の 10 倍以上の質量を持つ星) が1万個以上生まれる現象。ウルトラ赤外線銀河の場合は生まれる大質量星の総数は1億個にもなります。

(注5) たとえば論文 Taniguchi, Y., & Wada, K. 1996, ApJ, 469, 581 で示されています。




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