観測成果

すばる望遠鏡、結晶質の炭素分布箇所の観測に成功 ― 宇宙でのダイヤモンドの作り方 ―

2009年4月14日

概要

 ドイツのマックスプランク天文学研究所の研究者らのチームは,すばる望遠鏡を使い,太陽の2倍程度の重さをもつイライアス1 (おうし座の方向にあります。) という天体の周辺で炭素を含む物質の分布を調べた結果、中心星付近の 30 天文単位 (1天文単位は太陽ー地球の距離) の距離にダイヤモンド (注1) から放射される特徴的な赤外線が強く観測されました。これは、すばる望遠鏡の高い技術を持った補償光学装置 (注2) を利用することによって得られた観測で、世界で初めてのことです。この観測結果とこれまでに知られている中心星の情報および実験室内での実験結果を照合することで、天体に存在している炭素物質が中心星からの熱などにあぶられてダイヤモンドができるというモデルを提案しました。研究チームは、今後さらに詳細な観測を進めることにより,ダイヤモンドが形成される温度や密度といった環境条件の特定を進めたいと考えています。

宇宙のダイヤモンド

 結晶質の炭素の一種であるダイヤモンドは宇宙の他の炭素分子と同様に、赤外線波長の中に特徴的なスペクトル輝線を示します。輝線そのものは1983年にイライアス1というおうし座方向に位置する若い星の星周辺円盤内で発見されていました (Whittet et al. 1983, A&A, 12, 301)。しかし天文学者たちが、炭素物質のなかでもダイヤモンドからのものであると気づくまで10年掛かりました (Guillois et al. 1999, ApJL, 521, L133)。結晶とは言えたいへん小さな粒子であって、星周円盤の重量のごく一部でしかありません。それでも全部かき集めることができれば、月の数分の一程度にはなります。その後、ダイヤモンド探査観測が続けられ、このような輝線を伴う3つの星が見つかりました(e.g. Acke and van den Ancker, 2006A&A., 457, 171)。

 ドイツ・ハイデルベルクのマックスプランク天文学研究所 (MPIA)、北海道大学、国立天文台 (NAOJ)、ドイツのイエナ大学、そしてデンマークのコペンハーゲン大学の天文学者の共同チームは、すばる望遠鏡の赤外線分光装置IRCSと補償光学装置を組み合わせ、イライアス1の詳細な観測を行いました。補償光学装置のおかげで星周円盤内での炭素物質の分布が細かく見分けられました。その結果、PAH(芳香族炭化水素)と呼ばれる炭素物質のグループは星の近くではなく、30天文単位ほど離れたところよりも外側に存在している、一方ダイヤモンドは中心付近に集中していて30天文単位あたりで最も多くなる、ということがわかりました。PAHは炭素高分子ですが結晶質ではなく、ダイヤモンドは特徴的な結晶物質です。星周円盤内でこのような物質の分布の違いが明らかになったのは初めてのことです。なぜある距離のところでダイヤモンドが多いのでしょうか。

なぜサンプルがそんなに少ないか?

 研究チームは、これらダイヤモンドが見つかった若い星は、X線観測から高いエネルギーのフレアを持つことが知られているという特別な共通項があることに気づきました。イライアス1のような中間質量の星が強いX線フレアを持つことはたいへん珍しいのです。なぜこれらの2つの特徴を併せ持つのでしょうか?この現象の間に関連があるのでしょうか?X線活動はダイヤモンドに対して何か影響があるのでしょうか?研究チームの調査はこの疑問点から始まりました。

 宇宙空間は超低真空ですから、そのような環境でダイヤモンドを精製するメカニズムは大きな謎です。何しろダイヤモンドを作るためには、地球であれば地下深くの高い圧力が必要なのです。星間空間の超低真空の環境で、そのような高い圧力を持つ場所を見つけることが出来るでしょうか?

 解明のヒントは実験室での研究から得られました。1996年、ドイツの材料科学者が真空内でタマネギ状の構造を持つ炭素物質に高エネルギー電子ビームを与えたとき、その中心部に10-50ナノメーターの小さなダイヤモンド粒子が出来たことを確認しました (Banhart & Ajayan 1996, Nature, 382,433)。多数の炭素で構成されているタマネギ状分子が自然の高圧釜として働くのです。高エネルギー電子がこの分子の外側に当たると、一部の炭素原子がたたき出されます。球殻状の分子はその形を支えきれなくなり、急激につぶれていきます。電子ビームの照射が続くと、このタマネギの収縮も続きます。最終的には分子の中心部分が地球大気の何千倍もの高圧力になるものと思われます。

 研究チームは、このような実験室での研究成果と自分たちの観測を考え合わせることにより、宇宙空間でのダイヤモンド生成メカニズムについて考察しました。ダイヤモンドが見つかっている天体は実は連星系であって、X線フレアは伴星(軽い方の星)から主星に向かって吹き出しています。このX線フレアが、実験室の高エネルギー電子ビームに相当するわけです。さらに、球殻状の炭素分子を作るためには、星周円盤にふつうに存在している炭素物質を温める必要があるのですが、イライアス1のように太陽の数倍程度の重さがある星であれば、その星からの熱で十分温められます(Zaiser & Banhart 1997, phys.Rev. Lett. 79, 3680)。

 というわけで星周辺円盤内でダイヤモンド鉱山を見つけるには、かなりの幸運が必要ということがわかりました。中心星が太陽の数倍程度の重さを持つこと、連星系であって、その伴星がX線で見えるような高エネルギーのフレア(爆発現象)を持つこと、この条件を兼ね備えなければならないので、ダイヤモンドは滅多に存在しないわけです。それでも宇宙に数多くある星々の探鉱はまだ始まったばかり。タマネギ状(球殻状)の炭素分子が豊富にあるようなところをまず見つけ出し、ダイヤモンドの存在を確認する、という調査が今後も続きます。宇宙のダイヤモンドが存在する場所の温度や密度・圧力といった条件の範囲を決めることができるのは、これからです。

 この研究は2009年3月1日発行のアストロフィジカル・ジャーナル誌693号610-616ページに掲載されました.後藤美和は観測当時,日本学術振興会の特別研究員(PD)でした。




注1: 宇宙空間のダイヤモンドは独特の結晶構造を示す炭素物質で、宇宙空間ではきわめて微小な粒子の形で知られています。

注2: 補償光学装置:地上望遠鏡での観測に影響を与える空気中での光の経路の乱れを、望遠鏡に取り付けた装置で取り除く工夫。より鮮明な画像が得られ、すばる望遠鏡に取り付けることにより、今までも様々な世界初の観測を行っています。


図1: 星周円盤内の炭素物質の分布の違いの概念図。中心付近で結晶質の炭素(ダイヤモンド)の量が多く,それより外側で非結晶質のものが多い。


図2: イライアス1(Elias 1)の3ミクロン帯でのスペクトル。上から順に、中心星でのスペクトル、東に10天文単位離れた円盤上でのスペクトル、以降20天文単位から100天文単位まで順にスペクトルを抽出した。3つ見えるスペクトルラインのうち、もっとも短い3.3ミクロン輝線が芳香族炭化水素(PAH)3.4ミクロンと3.5ミクロンがダイヤモンド起源の輝線。中心星付近ではダイヤモンド輝線が強く、円盤周縁部に向かうにつれて、PAH輝線が強くなる。中心部では、PAHの輝線はほとんど見られれない。


図3: PAHとダイヤモンドの柱密度を円盤半径の関数としてあらわしたもの。PAHの量が中心からの距離ともに徐々に増えていくのに対し、ダイヤモンドの量は、半径30天文単位付近で最も多い。







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