観測成果

すばる望遠鏡、遠方銀河核からのアウトフローの立体視に挑戦

2013年2月18日

【概要】

  信州大学、奈良高専、国立天文台、東京大学カブリ IPMU の研究者を中心とする研究グループ (注1) は、およそ 100 億光年彼方 (注2) にあるクェーサー (銀河中心核) の姿を2つの別の角度から観測することに成功しました。通常の深宇宙の観測においては、対象となる天体があまりに遠くにあるために、その姿を右から見たり、左から見たりすることができません。本研究では、「重力レンズ効果」を利用して、クェーサーからのガスの流出を別の角度から見ることに成功しました。これにより、謎に包まれていた小さな銀河中心核から吹き出すガス流には、角度による濃さの違いがあることが確認できました。このガス流は、ゆくゆくは銀河スケールにまで広がり、銀河全体の進化にも影響を及ぼすことになります。今回の成果は、すばる望遠鏡の大集光力とすぐれた分光能力が活かされた観測と言えます。


星のようで星でない天体、クェーサー

  宇宙に存在する銀河の中には、銀河全体の 100 倍以上もの明るさで輝く中心核を持つものがあり、これらはクェーサー (注3) と呼ばれています。銀河中心にある巨大なブラックホールのまわりに、まるで土星の輪のような「ガスで作られた円盤」があり、これが大変明るく輝いているのがクェーサーの正体であると考えられています (図1)。また円盤の表面からは、外向きのガスが吹き出していると考えられています。アウトフローと呼ばれるこのガスの流れは、まわりの宇宙空間にも大きな影響を与えるため大変重要なものです。しかし、クェーサーは宇宙のはるか彼方に存在するため、地球から観測すると単なる「点」にしかみえません。このため、その内部構造を詳しく調べることは容易ではありません。


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図1: クェーサー中心部の想像図。銀河中心ブラックホールの周囲に明るく輝く円盤が存在します。そこから吹き出すガス流をアウトフローと呼びます。格子はガスの流れを分かりやすく示したものであり、この形は円盤の明るさや輝く場所によって決まります。ちなみに真上に吹き出しているジェットは、アウトフローとは別の現象です。矢印 A、B、C は、今回観測した光の経路を表しており、いずれもアウトフローの表面付近に存在するガスを通過していると考えられます。(クレジット:信州大学・国立天文台、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。)


3D観測への挑戦

  研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された観測装置 HDS (高分散分光器) を使って、約 100 億光年の距離にあり、私たちが知りうる中で最大の「重力レンズ効果」を受けているクェーサー SDSS J1029+2623 の観測を行いました。SDSS J1029+2623 の手前、約 50 億光年の距離には「銀河団」が存在することが知られています (図2左)。この銀河団による重力レンズ効果によってクェーサーから来る光の進路は大きく歪められ、その結果、クェーサーの姿は最大離角が 22.5 秒角 (注4) である3つの姿 (レンズ像 A、B、C) として地球に届けられています (図3注5)。単独の銀河による重力レンズ効果よりも一ケタ程度大きな離角を持つため、各レンズ像は、クェーサーのアウトフローを別の角度からみた情報をもっている可能性があるのです (図1図2左)。


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図2: (左図) クェーサー SDSS J1029+2623 (約 100 億光年)、銀河団 (約 50 億光年)、および観測者のいる地球の位置関係、および重力レンズ効果の概念図。クェーサーの周囲にはダストトーラスが存在していますが、今回、観測したのはそれよりも内側にある極めて小さな領域です。
(右図) 身近にある風景を異なった角度からみたときに見える画像の違い。重力レンズ効果を利用すれば、観測者は移動することなくこれらの画像を見ることができます。(注:この図では重力レンズによる画像のゆがみは考えていません。またクェーサーは点にしかみえないので、本研究では空間的な広がりを持った画像をとらえたわけではありません。) (クレジット:信州大学・国立天文台、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。)


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図3: ハッブル宇宙望遠鏡で観測された SDSS J1029+2623 領域の合成カラー画像。手前にある銀河団によって重力レンズ効果を受けたクェーサーのレンズ像 (A、B、C) および、その銀河団に所属する銀河の姿 (G1a,b、G2) が示されています。(クレジット:信州大学・国立天文台・カブリ IPMU、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。) 重力レンズ効果を受けたクェーサーのレンズ像 (A、B、C) を示す矢印のみを記した拡大画像はこちら。また、ラベルなし拡大画像はこちら


  研究グループはこの可能性を調べるために、比較的明るいレンズ像 A と B (注6) に対する分光観測を行いました。天体写真を撮る撮像観測ではなく、天体の光をより細かく観測する分光観測を行うことにより、奥行き方向の情報を得ることができます。その結果、2つのレンズ像のスペクトルにはたくさんの吸収線 (特定の色の光だけが失われる効果) がみつかりました。その多くはクェーサーとは無関係なもの、すなわち手前にある銀河間物質などによる吸収であると考えられます。しかし一部の吸収線については、部分掩蔽 (注7) の効果などがみられることから、クェーサーのアウトフローによる吸収であることが確認できました。そこで、レンズ像 A および B にみられる部分掩蔽を示す吸収の形を比較したところ、概形はよく一致しているものの、その一部が明らかに異なることが分かりました (図4)。これはまさに、アウトフローを違う角度から観測した証拠になります。今までウィンクしながら見ていた平面的なクェーサーの姿を、両目を開けることによって迫力ある立体画像としてとらえた大変珍しい観測例となりました (図2右注8)。


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図4: レンズ像 A (赤線) および B (青線) にみられるアウトフローに起源をもつ吸収構造の比較。横軸は光源に対するアウトフローの放出速度であり、地球に向かっている場合をマイナスで表しています。上から順に、炭素イオン、窒素イオン、中性水素 (いずれもアウトフローの中に多く存在し、地球からの観測が容易な物質) がつくった吸収線です。塗りつぶされている場所で吸収線の形が異なっているのが分かります。(クレジット:信州大学・国立天文台、クレジットを明記していただければ報道・研究教育・科学普及・個人での利用においては自由にご利用いただけます。)


  たかだか 22.5 秒角の離角にもかかわらず、アウトフローによる吸収の形に違いがみられたのは驚きです。今回の発見について、研究代表者である三澤さんは「今回観測したアウトフローは最大で秒速 1600 キロメートルものスピードで吹き出しており、またその内部には 0.1 光年程度のスケールでガスの濃淡が存在することが分かりました。このようにアウトフローの内部は一様ではなく、うろこ雲のように小さな塊が大量にあつまったものなのかもしれません。それを確認するためにも、今後は今回観測しなかったレンズ像 C についても詳しく調べていく予定です。」と語っています。このようなうろこ雲構造は理論からもサポートされており、今回それを観測的に確認したことは、また一歩、アウトフローの形成メカニズムの解明に近づいたといえます。

  ところで今回の結果については別の解釈も可能です。レンズ像 A と B はたどる経路が異なるため、ある時間差 (注9) をもって地球に到達します。この場合、たとえ2つのレンズ像がアウトフローの同じ場所を通過していたとしても、その内部の構造が時間とともに変化していれば今回のような結果が再現できます。この可能性については今年3月にすばる望遠鏡で行う追観測で検証する予定です。


動画: 研究グループのリーダーである三澤 透さん (信州大学) による解説。(2013年3月12日撮影)


  この研究成果は、米国の天文学専門誌『アストロノミカル・ジャーナル』に掲載されました (Misawa et al. 2013, The Astronomical Journal, 145, 48)。また本研究は、理化学研究所・基礎科学特別研究員制度、科学研究費補助金・若手 B (23740148, 23740161)、信州大学若手研究者萌芽研究支援事業、the FIRST program "Subaru Measurements of Images and Redshifts (SuMIRe)"、World Premier International Research Center Initiative (WPI Initiative), MEXT, Japan によるサポートを受けています。


(注1) 研究グループの構成

  • 三澤 透 (信州大学)
  • 稲田 直久 (奈良高専)
  • 大須賀 健 (国立天文台)
  • Poshak Gandhi (JAXA、ISAS)
  • 高橋 労太 (苫小牧高専)
  • 大栗 真宗 (東京大学カブリ IPMU)

(注2) 赤方偏移で表すと 2.197 に相当します。

(注3) 見かけが星の様であることから「準恒星状天体」、あるいはその英語名 (Quasi Stellar Object) を省略して「クェーサー (quasar)」とよばれています。

(注4) 直角の 90 分の1を1度と呼びますが、その 60 分の1を1分角、さらにその 60 分の1を1秒角といいます。人間の目では区別できないくらいのわずかな角度差です。

(注5) 銀河団による重力レンズ効果を受けた最初のクェーサー (SDSS J1004+4112) は、本研究メンバーでもある、稲田さん、大栗さんがリードする国際研究グループにより発見されました (http://www.naoj.org/Pressrelease/2003/12/17/j_index.html)。このようなクェーサーは、現在までに3つ (ほかに SDSS J1029+2623、SDSS J2222+2745) 発見されていますが、SDSS J1029+2623 が最大離角のレンズ像を持ちます。

(注6) レンズ像 A、B、C の光度比はおよそ 0.95 : 1.00 : 0.24です。

(注7) 見ている方向に対して、吸収物質が背後にある発光領域を部分的にしか覆っていない状況を意味します。クェーサーの発光領域はとても小さいため、その数桁以上のスケールをもつ銀河間物質が部分的に覆うことはほぼ不可能です。そのため、発光領域のごく近くに存在するガスによる吸収であるといえます。

(注8) 銀河団による重力レンズ効果を受けている別のクェーサー SDSS J1004+4112 に対する同様の観測例も報告されています (Green 2006, ApJ, 644, 733)。

(注9) レンズ像 A の光は、レンズ像 B の光よりおよそ 744 日はやく地球に届くことが知られています (Fohlmeister, J. et al., 2013, The Astrophysical Journal) 。





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