観測成果

すばるの新しい眼、ファイバー多天体分光器 FMOS

2010年11月19日

  国立天文台ハワイ観測所、京都大学、東北大学他の研究者からなる国際チームは、すばる望遠鏡の第二期共同利用観測装置として開発してきたファイバー多天体分光器 FMOS の試験観測を行いました。ピエゾ素子を使用した今までにない方式のファイバー位置制御装置により、約 15 分という短時間に、400 本ものファイバーを焦点面でそれぞれ 10 マイクロメートル以下の精度で配置できることを実証しました。また、望遠鏡で集めた天体からの光は全長約 70 メートルの光ファイバーで分光器まで伝送され、J バンド (波長 1.3 マイクロメートル)、H バンド (波長 1.6 マイクロメートル) ともに約 20 等級の天体の分光データを1時間の露出時間で取得できるという性能を達成していることを確認しました。今後、この装置によって多岐にわたる分野の研究が広がり、数多くの新たな発見がなされることが期待されます。

 

  遠方銀河の統計的な研究や宇宙の果てを観測する深宇宙探査では、すばる望遠鏡のような大口径の望遠鏡に加え、近赤外線撮像装置の視野の広さと一度に観測できる天体の数が鍵になります。一度に観測できる天域の広さや天体の数を向上させ、効率的な観測が行えるように、世界中の天文台や大学で日々研究開発が進められています。

  FMOS (Fiber Multi-Object Spectrograph: ファイバー多天体分光器) はすばる望遠鏡の第二期共同利用観測装置で、光ファイバーを用いて数多くの天体を同時に分光観測することを可能にした近赤外線分光器です。京都大学の舞原俊憲教授のグループを中心に、国立天文台ハワイ観測所、東北大学、オーストラリア国立天文台、イギリスの研究グループ(オックスフォード大学/ラザフォードアップルトン研究所、ダーラム大学)の国際協力の下、設計・開発が行われました。概念設計から約 10 年の歳月を経て、2008年5月から試験観測が行われ、2010年6月より部分的な共同利用が始まりました。

  FMOS は、すばるの主焦点に集めた天体からの光を、焦点面に配置された光ファイバーを用いて分光器まで導き、一度に多数の天体の分光観測を行う観測装置です。満月とほぼ同じ大きさの視野 (直径約 30 分角; 実スケールで直径 15 センチメートル) という非常に広い観測視野を有しています。FMOS は、

  • 主焦点に設置されているそれぞれ独立に駆動することができる 400 本のファイバーで天体からの光を受けることが出来る
  • 近赤外線領域で非常に明るく観測の妨げになる、地球大気上層部の OH 分子からの輝線 (OH夜光) を光学的に除去することが出来る
という点で特徴的で、現存する 4〜10 メートル級の大型望遠鏡において、一度に 100 以上の天体を近赤外線域で分光観測できる唯一の装置です。

  FMOS の開発において最も技術的に困難な部分の1つは、Echidna (エキドナ) と呼ばれるファイバー位置制御装置でした (図1)。従来のファイバー装置では手動もしくはロボットアームによるファイバー位置制御が行われていましたが、ファイバーを自由に配置するスペースが極めて限られているすばる望遠鏡の主焦点では、この方法では数多くのファイバーを配置することが出来ません。そこで FMOS では、筒状のピエゾ素子 (圧電素子) を用いてファイバーを配置し、精密に位置を制御する、という技術を新たに開発しました。そして、数々の調整の後、2008年から行われた試験観測にて、約 15 分という短時間に、400 本ものファイバーをそれぞれ 10 マイクロメートルの精度で配置できることを実証しました (図2)。

  また、試験観測の結果、1時間の露出時間で J バンド (波長 1.3 マイクロメートル)、H バンド (波長 1.6 マイクロメートル) ともに約 20 等級の天体の分光データを取得することに成功しました (図3,4)。望遠鏡で集めた天体からの光は、全長約 70 メートルにもおよぶ光ファイバー用いて主焦点から分光器まで伝送されているため、光量が減少しているはずです。にもかかわらずこれほどの性能が達成できたのは、Echidna が極めて精密に駆動したことに加え、観測に邪魔な OH 夜光を分光器内部で除去する機能がうまく働いた結果によるものです。分光器全体を巨大な冷蔵庫で摂氏マイナス 50 度以下にまで冷却することで分光器本体からの熱ノイズ (熱放射) を抑えることができたことも、大きな要因です。

  今回の試験観測により、FMOS の各機能が正常に働き、大変暗い天体でも高品質な分光データを一度に多数取得できることが確認できました。FMOS の登場により、すばる望遠鏡の近赤外線領域での分光観測の観測効率はこれまでの 10 倍以上になります。今まで数多くの近赤外線分光データを得ることが難しかった遠方の銀河や暗い活動銀河、星形成領域や褐色矮星などについて、広視野で同時に多天体分光観測ができるので、より正確な統計的な観測研究が可能になると考えられています。今後、この装置によって多岐にわたる分野の研究が広がり、数多くの新たな発見がなされることが期待されます。

  この研究成果は、2010年10月25日発行の日本天文学会欧文研究報告誌に掲載されました。

 

 

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図1:すばる望遠鏡主焦点に設置されるファイバー多天体分光器 FMOS のファイバー位置制御装置 Echidna。15 センチメートル四方の中に 400 本もの光ファイバーが配置され、それぞれの位置を精密かつ独立に制御できるようになっている。

 

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図2:試験観測時に測定された Echidna による光ファイバー位置制御の誤差の様子。大きな円は FMOS の視野を、矢印は各ファイバーの目標天体からのずれの大きさと方向を示している。それぞれ 10 マイクロメートル程の精度で配置できていることが分かる。

 

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図3:試験観測時に FMOS で取得された二次元分光データ。横方向が波長分散の方向で、縦方向はファイバーが並んでいる方向。この中に 200 天体もの近赤外線スペクトル (波長に対する光の強さの分布) が写っている。青い矢印の位置に写っているスペクトルが図4に示されている。

 

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図4:試験観測時に FMOS で取得された赤方変移 1.34 の活動銀河核の近赤外線スペクトル。図3の二次元分光データ画像で矢印の位置に写っているスペクトルを示したもので、水素原子に由来するHα輝線とHβ輝線が検出されている。


 




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