観測成果

すばる望遠鏡、かみのけ座銀河団に広がった電離水素ガス雲を多数発見
〜 銀河団に引きずり込まれガスを剥がされる銀河たち 〜

2010年11月9日

  国立天文台、東京大学、広島大学などの研究者からなるチームは、すばる望遠鏡主焦点カメラ (Suprime-Cam) を用いた観測により、かみのけ座銀河団には広がった電離水素ガス雲を伴った銀河が 14 個も存在することを明らかにしました。一つの銀河団から多くの電離水素ガス雲を伴った銀河を見つけ、銀河の性質や空間分布、速度分布を明らかにしたのはこの研究が初めてです。この発見は、銀河団における銀河の進化の現場をとらえた重要な研究成果となります。


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図1:かみのけ座銀河団の中の銀河から流れ出す電離水素ガス。青 (Bバンド)、緑 (Rバンド)、赤 (Hαバンド) でカラー合成し、Hαだけで光っている部分は真っ赤に見えている。右下の白いバーが 10 キロパーセク (3万3千光年) のスケール。視野は 115 × 271 秒角。

  宇宙には何百何千もの銀河が近くに集まっている「銀河団」とよばれる構造があります。銀河団には星生成を止めてしまった楕円銀河や S0 銀河 (レンズ状銀河) が、他の環境よりも多くの割合で存在している事が知られています。どのようなメカニズムでこのような環境による銀河の種類の構成の違い (環境効果) が出来たのか、また「どうして銀河団では星生成が止まっている銀河が多いのか」について、観測的にはまだ十分に解明されておらず、宇宙の進化を理解する上で重要課題のひとつとなっています。

  かみのけ座銀河団は私たちからおよそ3億光年の距離にあり、もっとも近くにある銀河団のひとつです。この銀河団の中の銀河には、淡く広がった電離水素ガス雲を伴ったものが過去の観測で発見されています。
すばる、銀河からまっすぐにのびる謎の水素ガス雲を発見 (2007年3月5日)
すばる、銀河から飛び出す火の玉を発見 (2008年10月6日)

  国立天文台、東京大学、広島大学他、海外の研究者も含めた研究グループは、水素のHα輝線 (注1) が検出できるような特殊なフィルターを用いて、かみのけ座銀河団をすばる主焦点カメラ (Suprime-Cam) で観測し、銀河の外にまで広がった このような電離水素ガス雲を持つ銀河が 14 個も存在していることを明らかにしました。

  図1,2は、このような電離水素ガスの例です。電離水素ガスの多くはこのようにかみのけ座銀河団に属する銀河から流れ出ているような姿をしています。実際にこれらの電離水素ガスのいくつかは微光天体分光撮像装置 (FOCAS) を用いた分光観測により、銀河とほぼ同じ後退速度 (注2) で我々から遠ざかっていることが確認され、ガスと銀河は偶然重なって見えているのではなく、実際に銀河から流れ出したのだろうと推測されています。

  このような電離水素ガスの「親銀河」について更に詳しく調べたところ、親銀河の大部分が現在も活発に星を作っている銀河やつい最近まで星形成を行なっていた銀河であることが明らかになりました。また、親銀河の大部分はかみのけ座銀河団の重心に対し、毎秒 1000 キロメートル以上の速度差をもって運動していることもわかりました。これらを考えあわせると、銀河の外に広がった電離水素ガスは、銀河団の周辺にいた親銀河が銀河団の重力に引き寄せられて銀河団に取り込まれ、その際に銀河団の中の高温ガスや銀河団内の重力場による潮汐力で剥されたガスではないかと考えられます。この引き剥しの際、もともとガスの少なかった軽い銀河は全てのガスを失って星形成が止まってしまい、それよりも重い銀河は星形成を続けるだろうと予想されますが、このような親銀河の重さと星形成に実際に関係があることも観測から確かめられました。

  このような電離水素ガス雲は過去にも数個の銀河団でそれぞれ1〜2個は見つけられていましたが、今回のように一つの銀河団で多くが見つかり、親銀河の性質や空間分布や速度分布も含めて明らかにしたのはこの研究が初めてです。これにより、銀河団の中でどれだけの割合の銀河が今まさに星生成を止めつつあるのかも見積もることができました。

  今回の研究で広がった電離水素ガスがどのようにして作られたのかは状況証拠としてかなり明らかになり、銀河団に落ちてくる銀河についても情報が得られました。一方で、銀河から剥されたガスがどのようにして電離し、Hα輝線で光り続けているのか、銀河団の中では一体何が起きているのかについては、未だ明らかになっていません (注3)。広がった電離ガスは、遠いものでは親銀河から 30 万光年以上離れた位置で光っています。親銀河からここまで辿り着くためには、1億年かそれ以上かかったと考えられます。このような遠くの場所でも、銀河のすぐ近くの場所でも、Hα輝線はあまり違わない明るさで光っていることから、ガスを光らせるメカニズムは1億年くらいの間はずっとうまくエネルギーを保ち続けていることになります。そんなうまい具合にHα輝線を発するような構造を作るにはどのようにすればいいのか、現時点では解明されていません。

  研究グループでは電離水素ガス雲の様々な場所を分光し、温度や密度の状態を調べることで、このような謎を解く手がかりをつかみ、我々の近くの銀河団で一体どのように銀河やガスが進化しているのかを解明していこうと計画中です。

  本成果は、米国のアストロノミカルジャーナル誌 (2010年12月付) に発表される予定です。

 

  天体名: かみのけ座銀河団中心付近
  使用望遠鏡: すばる望遠鏡 (有効口径8.2m)、主焦点
  使用観測装置:Suprime-Cam (すばる主焦点カメラ)
  フィルター:Hα線狭帯域 (671nm)、Bバンド (450nm)、 Rバンド (650nm)
  観測日時:世界時2006年4月28日、5月3日、2007年5月13-15日、2009年5月25-27日
  露出時間:87.5分 (Bバンド)、190分 (Rバンド)、450分 (Hαバンド)
  画像の向き:北が上、東が左
  位置:赤経(J2000.0)=13時00分、赤緯(J2000.0)=+27度52分 (かみのけ座)

 

(注1) Hα輝線とは、電離した水素が電子と結合して中性になるまでに放たれる輝線のひとつで、波長は 656 ナノメートル。人間の目には深い赤色に見えます。また、かみのけ座銀河団では宇宙膨張により波長が少しだけ赤方偏移して、670 ナノメートル付近で観測されます。

(注2) 天体が我々から遠ざかってみえる速度を後退速度とよびます。宇宙膨張により銀河は遠方にいくほど大きな後退速度をもつことになり、一般的には異なる距離にある天体は異なる後退速度で観測されます。

(注3) Hα輝線が放たれた後には、電離水素ガスが中性になります (注1参照)。水素は中性状態の方が電離状態よりも安定なので、このままではHα輝線は出ません。Hα輝線で光り続けるためには、何らかのエネルギーを中性水素ガスに与えて、再度電離させなければならないのです。しかしこのエネルギーが大き過ぎると電子の温度が上がって完全に電離した高温プラズマになります。こうなると電子は電離水素と結合することができず、逆にHα輝線を発しなくなってしまいます。Hα輝線で長期間光り続けさせるためには、エネルギーを加えつつも熱しすぎないようにすることが必要です。

 

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図2:かみのけ座銀河団の中の銀河から流れ出す電離水素ガス。カラー表示、白いバーのスケールは図1と同様。視野は (a), (b), (c) でそれぞれ 145 x 87 秒角、121 x 83 秒角、180 x 96 秒角。

 

 

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補足画像:図1、図2 (a), (b), (c) それぞれの領域について、Hαバンドの画像からRバンドの画像を差し引いたもので、白い部分 (緑の線で囲まれた部分) が電離水素ガスの放射の強いところを示している。赤い線で囲まれているのが親銀河の中心付近の明るい部分。(親銀河が全体として黒くなっているのは、銀河を構成する星の光では、Hαバンドが星の大気の水素による吸収のために前後の波長よりも暗くなっているため。)

 




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