観測成果

アンドロメダ銀河ハローに新しい恒星ストリームを発見
 ~矮小銀河合体による銀河形成の痕跡~

2010年1月15日

 東北大学、東京大学、国立天文台、カリフォルニア大学などの研究者からなる国際研究チーム (注1) は、アンドロメダ銀河のハローとよばれる銀河円盤を囲む領域に、かつての矮小銀河合体の痕跡と思われる恒星ストリーム (注2) をすばる望遠鏡とケック望遠鏡の観測によって発見し、恒星ストリームの詳しい空間構造と速度分布を同定することに成功しました。

 銀河系やアンドロメダ銀河のハローには、100億歳を越えるような古い年齢の恒星が、年齢が若く明るい銀河円盤成分を囲むように広く分布しています (図1)。これらの恒星はハロー星と呼ばれ、円盤部分にある恒星とは異なる元素組成と空間運動を持ち、銀河の形成と進化過程に対してたいへん重要な情報を提供するものと考えられています。特に、現在の標準的な銀河形成理論では、銀河系をはじめとする大きな銀河は矮小銀河のような小さな銀河が合体したり潮汐力で壊れたりする過程を通してできあがったとされており、ハローにはこういった出来事の痕跡が多く残っていると考えられています。

 矮小銀河の合体や破壊は、典型的には数10億年の時間をかけて行われるので、その現場を直接とらえる可能性もあります。あるいは、過去に起きた合体過程は、恒星ストリームとよばれる恒星のかたまりとして見つかることが多く、これらの恒星は大きな銀河の重力場の中を皆同じ速度をもって集団で運動をしています。このストリーム構造は銀河の潮汐力によって引き延ばされた結果できるので、潮汐ストリーム (tidal stream) ともいいます。また、このような恒星の非一様空間分布を見つけるには、銀河系よりもアンドロメダ銀河がとても適しています。なぜなら、アンドロメダ銀河は横向きになっているので (図2) ハロー部分を見やすい位置関係になっており、しかも外から見るので様々な恒星の分布を直接観測することができるためです。

 このような観点から、田中幹人研究員 (観測当時は東京大学博士課程大学院生) を代表とするチームは、すばる望遠鏡の広視野カメラSuprime Camを用いて、アンドロメダ銀河ハローの広い領域をVとIの2バンドで測光観測を実施しました。アンドロメダ銀河は銀河系から最も近いおおよそ250万光年の距離にある銀河のため、見かけのサイズはとても大きく、Suprime Camを用いてもハロー全体を測光するには膨大な時間を要します。そこで、本チームでは、ハローにおける恒星分布を解析しやすい場所として、銀河中心から南東方向と北西方向の短軸と南西方向の長軸の領域のいくつかを観測しました。そして、これまで観測されていなかった北西方向の短軸領域に明確な2つの恒星密度が高い部分 (ストリームE、F:図3) を発見しました。また、長軸方向の領域にも恒星の非一様分布同定につながる測光観測をし、後に他の共同研究者の観測結果と組み合わせてストリームSW (図3) という比較的薄い構造があることがわかりました。

 さらに本チームの共同研究者であるP. Guhathakurta教授 (カリフォルニア大学サンタクルツ校) を代表とし、すばる望遠鏡で見つけたストリーム構造について、ケック望遠鏡 (Keck II) の分光装置DEIMOSを用いてフォローアップの分光観測を行いました。この分光装置によって個々の星のスペクトルが取れるので、ドップラー効果を使って星の視線速度をとらえ、アンドロメダ銀河ハローの一般星の運動や手前に重なって見える銀河系の星の運動などを区別して解析することができます。その結果、ストリームとして見えた領域では確かに星が集団で同じ様な運動をしていることがわかりました (図4)。これは、まさに矮小銀河が潮汐力で破壊されて引き延ばされたときに期待される空間運動になります。

 これらのストリーム構造は、銀河系やアンドロメダ銀河のような大きな銀河が、矮小銀河のような小さな銀河が集まってできたときの名残りであると考えられます。すなわち、標準的な銀河形成論で期待される、階層的な小銀河合体過程による銀河形成のシナリオを裏付けるものです。今後は、これらのストリームを作っている恒星の金属含有量を調べて化学進化の歴史についての情報を引き出すことが必要になります。田中幹人研究員は、「ハローのもっと広い領域の観測をさらに進めることによって、大きな銀河の形成にどのような質量の矮小銀河がそれぞれどのぐらいの割合で関わっていたのか、それぞれの矮小銀河でどのように化学進化が進んできたのか、といった銀河形成過程において重要な内容を解明することが目標になります。」と話しています。

 この観測成果は、すばる望遠鏡のSuprime Camによる恒星ストリームの発見についてはアメリカ天文学会誌アストロフィジカルジャーナル2010年1月10日号に掲載され (注3)、ケック望遠鏡のDEIMOSによる分光観測の結果は2010年1月7日にワシントンDCで行われた第215回アメリカ天文学会にて発表され (注4) 記者会見講演として選ばれました。


  注1:田中幹人 (東北大学/東京大学)、千葉柾司 (東北大学)、小宮山裕 (国立天文台)、家正則 (国立天文台)、Puragra Guhathakurta (カリフォルニア大学サンタクルツ校)、 Jason S. Kalirai (NASA宇宙望遠鏡科学研究所)、その他、カリフォルニア大学アーヴィン校、ヴァージニア大学、マサチューセッツ大学、エール大学、ワシントン大学、コロンビア大学、カリフォルニア工科大学の研究者からなるチーム。

  注2:恒星ストリームは、矮小銀河などの小銀河が大きな銀河である銀河系やアンドロメダ銀河の重力ポテンシャルの中に落ちながら軌道運動する際に、潮汐力によって長く引き延ばされた形に恒星が集まっている構造をいう。ストリームの中の恒星はみな同じような速度をもって集団運動をする。

  注3:すばる望遠鏡による観測論文
タイトル:Structure and Population of the Andromeda Stellar Halo from a Subaru/Suprime-Cam Survey
タイトル和訳: 「すばる広視野カメラサーベイに基づくアンドロメダ銀河恒星ハローの構造と種族」
著者:Mikito Tanaka, Masashi Chiba, Yutaka Komiyama, Puragra Guhathakurta, Jason S. Kalirai, Masanori Iye
雑誌: アメリカ天文学会誌アストロフィジカルジャーナル, 2010年1月10日号(Vol.708, p.1168)
ウェッブページ (英語) : ApJ home page

  注4:ケック望遠鏡による観測成果の発表論文
タイトル:The SPLASH Survey: Spectroscopy of Newly Discovered Tidal Streams in the Outer Halo of the Andromeda Galaxy
タイトル和訳: 「アンドロメダ銀河の外側ハローに発見された恒星ストリームの分光観測」
発表者:P. Guhathakurta, R. Beaton, J. Bullock, M. Chiba, M. Fardal, M. Geha, K. Gilbert, K. Howley, M. Iye, K. Johnston, J. Kalirai, E. Kirby, Y. Komiyama, S. Majewski, R. Patterson, M. Tanaka, E. Tollerud, SPLASH collaboration
発表学会: 第215回アメリカ天文学会, 2010年1月7日
ウェッブページ (英語) : AAS abstract

問合せ先:田中幹人 (mikito"at"astr.tohoku.ac.jp),千葉柾司 (chiba"at"astr.tohoku.ac.jp)


参考:カリフォルニア大学サンタクルツ校における本研究成果のプレスリリース (英語)
  http://www.ucsc.edu/news_events/text.asp?pid=3462


  figure1  

図1:銀河構造の模式図。今回発見された恒星ストリームを含むような恒星ハローは、銀河円盤を取り囲むようして半径50万光年以上に渡る広大な領域であり、古い年齢のハロー星や球状星団が存在している。


  figure2  

図2:アンドロメダ銀河の明るい部分 (バルジと円盤成分) で、銀河の中心からおおよそ 6万5千光年の半径の領域の画像 (クレジット:国立天文台広報普及室)。


  figure3  

図3:すばる望遠鏡の広視野カメラ (Suprime Cam) を用いて観測された、アンドロメダ銀河ハローにおける赤色巨星分布の擬似カラーマップ (クレジット:田中幹人 (東北大学) )。赤が最も密度が高く、黄、青にかけて密度が低くなる。丸で囲まれた部分が、新たに見つかった恒星ストリーム (ストリームE、F、SW)。中心部にアンドロメダの明るい部分の画像を大きさと相対位置の比較のために重ねている。


  figure4  

図4:Keck望遠鏡の分光装置 (DEIMOS) を用いて測定された、ストリームSWフィールドにおける星の視線速度分布 (クレジット:P. Guhathakurta教授 (カリフォルニア大学) )。視線速度が -370 km/s の部分に有意な恒星のかたまりがあり、これはどの星も同じ様な速度を持つ恒星ストリームの証拠である。






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