観測成果

古代宇宙で巨大天体を発見ー謎のガス雲ヒミコー

2009年4月22日

 多数の望遠鏡を使った観測により、ビッグバンから約8億年後の生まれて間もない宇宙で、不思議な巨大天体が発見されました。これは、ライマンアルファ・ブローブという天体に分類され、その巨大なガス雲は将来銀河になる可能性を秘めていますが、本当はどうなのか分かっていません。研究者たちは、この古代宇宙でみつかった謎の巨大天体をヒミコと名付けました。これは弥生時代後期における倭国の女王、卑弥呼に由来しています。ヒミコは5万5千光年にも広がり、宇宙初期の時代の天体としては記録的な大きさで、現在の天の川銀河の円盤の半径に匹敵します。

 この天体の正体が何なのか、研究者たちの頭を悩ませています。多数の世界最大級の望遠鏡を使って観測しましたが、ヒミコの正体は未だに分からないからです。ヒミコはこれまでに発見された天体の中で最も遠い天体の一つのため、見かけ上とても暗く、この天体の物理状態を理解する手がかりが得られていません。もしかしたら、ヒミコは超大質量ブラックホールにより電離されたガス雲かもしれませんし、銀河誕生の初期にみられると予想されている大規模なガス流、2つの若い銀河の激しい衝突、爆発的星形成によりもたらされる超銀河風、さらには4百億太陽質量にもなる1つの巨大な銀河なのかもしれません。古代宇宙でひときわ目立ちながらも、謎めいたこの天体は、日本のすばる望遠鏡の観測域で発見されました。そのため謎のベールに包まれた古代日本の女王 卑弥呼にちなみ、研究者たちはこの天体をヒミコと命名しました。

 「遠くの宇宙を観測すれば昔の宇宙を見ることができます。」カーネギー研究所で、日米英の研究者からなる国際研究チームを率いた大内 正己 特別研究員が説明を始めました。「この発見にはたいへん驚いています。宇宙の歴史の最初の段階に、こんなに巨大な天体があったとは想像していませんでした。現在信じられているビッグバン宇宙論では、小さな天体が最初に作られ、それらが合体集合を繰り返して大きな天体ができると考えられています。ビッグバンの約8億年後、つまり現在の宇宙年齢のたった6%の時代に、ヒミコは現在の平均的な銀河と同じくらいの大きさになっていたのです。」

 ヒミコのようなライマンアルファ・ブローブは、20-30億歳の宇宙で見つけられています。しかし、ヒミコが存在したような早い時代の宇宙でライマンアルファ・ブローブはこれまで見つかっていませんでした。ヒミコは、宇宙が激動する「宇宙再電離期」と呼ばれる時代で見つかりました。この時代は、人類が現在の観測技術で見ることができる限界に相当します。そして、大きさが5万5千光年にも達するヒミコは、この限界の時代における巨大なライマンアルファ・ブローブでした。

 「宇宙再電離期」というのは、ビッグバン後およそ2億年から10億年しか経たない、古代宇宙に相当します。この時代に、宇宙に存在していた中性水素から、超大質量ブラックホールや星、第一世代銀河が作られ始めたと考えられています。電離ガス雲からの光子が散乱されて作られる典型的な水素輝線をたよりに、天文学者たちはこの時代を調べています。

 研究チームは、くじら座の「すばるXMMニュートンディープフィールド」にあるすばる望遠鏡の可視画像から207個の遠方銀河候補を選び出しました。その中の1つにヒミコは含まれていました。研究チームはKeck望遠鏡のDEIMOS分光器とカーネギーのマゼラン望遠鏡IMACS装置により分光観測を行い、得られたスペクトルを元に距離を測りました。遠方銀河候補の中にあって、ヒミコはずば抜けて明るく大きい天体でした。「ヒミコは遠方銀河にしてはどう見てもおかしかったですよ。研究者の常識からは、こんなに明るくて大きい天体は、とても本当の遠方銀河とは思えませんでした。たぶん、測定エラーのためにサンプルに紛れ込んだ手前の銀河だろうと。こんな天体を分光観測して貴重な望遠鏡時間を潰してしまうのはもったいないので、ヒミコを分光観測のリストから一度は外しました。でも、万一これが本物の遠方天体だったら、、、と思い留まって、とりあえずヒミコを分光観測することにしました。得られたスペクトルには非常に遠い天体にしか見られない水素輝線があり、これによりヒミコが並外れて遠い距離にあることが分かったのです。驚いたのは、我々からの距離が129億光年!にも達していたことです。」

 「スピッツァー宇宙望遠鏡と英国赤外線望遠鏡から得られた赤外線データに加え、超大型干渉電波望遠鏡群による電波データ、XMMニュートン衛星のX線データを使って、この天体の星形成率と星質量を求めることが出来ました。さらに、超大質量ブラックホールによる活動銀河核が含まれているかどうかを調べました。」チームメンバーのジェームス・ダンロップ エディンバラ大学教授が発言しました。「同時代に見つかっている他の銀河と比べると、ヒミコの星質量は一桁も大きいことが分かりました。ただ、ヒミコの中心部に活動的で成長を続けるブラックホールがあるかどうかまでは判別できませんでした。」

 「ヒミコについて理解できないことは、この天体が非常に例外的であるということです。」チームに属するカーネギーのアラン・ドレスラー研究員が言いました。「もし、現在見られる銀河の祖先を発見したのなら、ヒミコと似た小さい天体がもっとたくさん見つかっているはずです。つまりこれより、ひとまわり、ふたまわり、、と小さい天体がなくてはおかしいのです。現在のところ、この種の天体ではヒミコが唯一の存在なので、銀河形成の一般的モデルで説明するのは非常に難しいです。一方で、この事が我々の発見を面白くしているのです!」

 本研究は2009年5月10日発行の米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されます。この研究は、米国エネルギー省、カーネギー研究所、およびJPL/Caltechを通して米国航空宇宙局(NASA)から資金援助を受けています。本研究は以下の望遠鏡および天文台で得られたデータに基づいています。

 日本の国立天文台により運用されているすばる望遠鏡、カリフォルニア工科大学とカリフォルニア大学、NASAにより運営されているW.M.ケック天文台、さらにカーネギー研究所、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、ミシガン大学、アリゾナ大学により運用されているマゼラン望遠鏡、英国科学技術設備会議を代表する共同天文学センターにより運営されている英国赤外線望遠鏡。


※このリリース文はカーネギー研究所(Carnegie Institution for Science) により発表された文章を翻訳したものです。原文は、カーネギー研究所のホームページ http://www.ciw.edu/ をご覧ください。





図1: ヒミコの擬似カラー合成写真。青と緑は、ヒミコから出された水素輝線と紫外線です。 (それぞれ、すばる望遠鏡により得られた狭帯域およびz'バンドのデータに対応しています。) 赤は、ヒミコが放つ可視光線を表しています。 (スピッツァー宇宙望遠鏡の3.6μmデータに対応しています。)


図2: ヒミコの擬似カラースペクトル。2次元および1次元スペクトルが、それぞれ上段と下段に示されています。青と白で光度の強弱を表したもので、白色ほど明るいことを示しています。







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