観測成果

流星が切り裂く大気のトンネルは幅数ミリメートル! ~すばるによる画像から初の測定に成功

2007年9月10日

 すばる望遠鏡の観測画像に写った散在流星を、国立天文台、東京大学、宇宙航空研究開発機構、電気通信大学、理化学研究所、長野工業高等専門学校の研究グループが解析した結果、典型的な流星の発光領域は、直径わずかに数ミリメートルであることが突き止められました。流星の発光領域の大きさはこれまでの観測で1メートル以下との上限が求められていましたが、具体的にサイズを求めたのは世界でも初めてです。

 2004年8月12-15日にすばる望遠鏡主焦点カメラでアンドロメダ銀河を観測していた研究者チームはCCD画像に多数の流星または人工衛星のスジ(トラック)が捉えられていることに気づきました。この時期はペルセウス座流星群の出現ピークの直後であり、またアンドロメダ銀河はペルセウス座にも近いので、ペルセウス座流星群の流星が偶然写りこんだ可能性があると考え、詳しい解析を行いました。

 すばる望遠鏡は無限遠に焦点を合わせていますので、高度110キロメートルあたりで光る流星はピンぼけになります。人工衛星は高度500キロメートルから2万キロメートル程度の距離にあるので、ピンぼけの効果は小さくなります。図1は典型的な流星のトラックと人工衛星のトラックの例です。全てのトラックの幅を測ると、図2のように人工衛星と流星とがはっきり区別できることが確認できました。人工衛星は太陽電池パネルを拡げて自転しているので太陽からの反射光が周期的に明るくなったり、暗くなったりするものがあります。流星の中にも図3のように途中で急に明るさが変化するものがあります。

 合計19時間の観測時間の間に総計55個のトラックがありましたが、そのうち13個が流星でした。各流星の飛来方向を調べた結果、ペルセウス座流星群の輻射点と一致するものは1つだけでした。もう一つの流星がみずがめ座流星群のものと判明しましたが、大半は散在流星であり、今回の観測は通常の散在流星を捉えたものだということが分かりました (注1)。

 直径0.1-1ミリメートルの典型的な塵は地球の大気に毎秒数10キロメートルの速さで突入します。高度100キロメートル以上の大気には、窒素や酸素などの分子や原子がありますが、大変希薄で、塵はこれらの原子や分子を蹴散らしていきます。蹴散らされた原子や分子はさらに周辺の原子や分子に追突するため、塵の通過する領域が加熱されて、原子に特有な光(再結合線)を放ち発光します。

 今回の研究のハイライトは、塵が大気中の原子を蹴散らす現象が起こっている現場 (発光領域:注2) のサイズを、物理学的な分析から世界で初めて測定することに成功したことにあります。

 研究チームの家正則教授 (国立天文台) は、発光領域のサイズ測定のため、中性酸素原子が放つ波長558ナノメートルの「禁制線」 (注3) という、地上実験では見られない特殊な光成分に注目しました。禁制線の光は、塵そのものや加速された原子や分子に追突され、特別な「興奮」状態 (原子中の電子が高いエネルギーをもつ状態) となった中性酸素原子の興奮が冷めるときに放たれる特徴的な光で、極めて希薄な大気でのみ見ることができるものです (図4)。禁制線の光子は衝突一回に対して必ず一つ生じますので、この禁制線の光子総数を見積もると、中性酸素原子が受けた衝突の回数を求めることができます。

 黄色いフィルター (Vバンド) の光量の約10パーセントが、この「禁制線」の光であることが、典型的な流星のスペクトルから分かっています。したがって、CCD画像からこの禁制線の光子総数を計算することができます。この光子総数と同じ数の中性酸素原子が衝突を受けたことになります。流星の典型的な速度と、高度110キロメートルあたりでの中性酸素原子数密度が分かっていますので、この衝突回数から、塵が大気を切り裂いて作ったトンネルの断面積を計算することができます。こうして算出した結果、このトンネル領域は直径わずか数ミリメートルしかないことが初めて判明しました。これは典型的な塵の直径の約10倍程度でしかありません。

 これまで、流星の発光領域の幅を直接測定する試みがいろいろなされてきましたが、解像力が足りず、発光領域は幅1メートル以下であることしか分かりませんでした。今回の研究から、散在流星の発光領域が、これよりずっと小さいことが分かりました。

 すばる望遠鏡で、流星群の輻射点をねらった観測をすれば、これまでの観測では分からなかった細かい塵がどれくらいあるのかを推定できると考えられます。

 この論文は2007年8月25日発行の日本天文学会欧文研究報告誌に掲載されました。

研究論文の題と著者
SuprimeCam Observation of Sporadic Meteors during Perseids 2004
Iye,M., Tanaka,M., Yanagisawa,M., Ebizuka,N., Ohnishi,K., Hirose,C., Asami,N., Komiyama, Y., and Furusawa,H.
2007, Publ.Astron.Soc.Japan , Vol. 59, No.4


注1: 流星群の無い時期に撮影した「すばる深宇宙探査領域」の21時間分の画像データでの出現率と比べても、今回の出現率のほうが高いということはなく、このことからも、ペルセウス座流星群を捉えたわけでは無いことが確認されました。

注2: 塵は大気中の原子や分子 (以下、原子など) に衝突し、それによって加速された原子などはさらに周囲の原子に衝突します。これを繰り返すことによって大気が加熱され、発光が起こります。発光のメカニズムには、黒体輻射、再結合輝線、禁制線など、いくつか種類があり、それによって発光領域の大きさは異なりますが、ここでは大気の加熱が起こり、再結合輝線と黒体輻射で光る領域のことを「発光領域」とよびます。

注3: 原子核の周囲を回る電子は、塵や他の原子などと衝突・散乱する際に、別のエネルギー状態の軌道に移ることができます。電子の軌道が、エネルギーの高い軌道 (興奮状態) から低い軌道 (覚醒状態) に変わるときに、そのエネルギーの差に相当する光子が放たれます。軌道間の変化には量子力学のルールがあり、通常の輝線スペクトルはこのルールで許されている再結合遷移です。
 中性酸素原子の波長558ナノメートルの禁制線は、このルールで許されていないエネルギー変化です。このため、この変化が起こるには原子の世界では極めて長い時間に相当する0.7秒も待たねばなりません。地上で酸素原子を加熱した場合、原子数密度が高いため、0.7秒経る前に酸素原子は他の原子などと衝突・散乱し、別の軌道に移るため、この禁制線を見ることができません。極めて希薄な高度110キロメートル以上の大気中では、次の衝突が起こるまでに0.7秒以上かかるため、この「禁制線」を見ることができます。

注4: 中性酸素原子が禁制線の光を実際に放つまでには平均で0.7秒かかるので、その間に、酸素原子は衝突現場の「トンネル」から300メートル程度離れた領域までふらふらと広がってしまいます。つまり、禁制線の光は、注2で述べた許容線や黒体輻射の発光領域より格段に拡がり、持続して見える「流星痕」となります。


図1: 無限遠に焦点を合わせたすばる望遠鏡での流星(左)と人工衛星(右)の見え方。より近い流星のほうがピンぼけが大きいので、人工衛星よりも像の幅が拡がって見えます。人工衛星の明るさは衛星の自転とともに、太陽電池パネルが反射する太陽光の量が変わるため、周期的に変化するものがあります(右図)。画像は見やすくするため、白黒を反転してあります。

スケールなし画像
スケール入り画像 (赤い矢印の長さは5分角に相当)

流星が写っている左図の元画像
人工衛星が写っている右図の元画像


図2:上空約110キロメートルで発光する流星の像は、無限遠に焦点を合わせたすばる望遠鏡ではピンぼけになるため、流星像の幅は10秒角以上に拡がって見えます。一方、高度が500から1万キロメートル以上に及ぶ人工衛星の像はピンぼけの程度が小さいため、すばる望遠鏡では6秒角以下になることが、この図のように確認されました。 


図3: 2つの流星が偶然写っている例。明るいほうの流星は途中で明るさが変化していることが分かります。画面左の同心円状のかげは視野の外にある明るい星のゴースト像です。また画面中央より右の星のゴースト像には副鏡を支える十字形のスパイダーの陰も見えます。

スケールなし画像
スケール入り画像 (赤い矢印の長さは5分角に相当)


図4:

塵は高度約110キロメートルの上層大気中で窒素原子(青色)や酸素原子(緑色)を蹴散らしながら燃え尽きていきます (大気中には色々な原子や分子がありますが、ここでは簡略化し窒素と酸素の中性原子について説明します)。塵に直接衝突された酸素原子や、加速された窒素や酸素原子に追突された酸素原子は、「興奮」状態(衝突励起状態:オレンジ色)になります。衝突励起された中性酸素原子は平均して0.7秒後に、覚醒する戻るときに、波長558ナノメートルの「禁制線」と呼ばれる特別な光を放出します。今回の観測では、この禁制線の光子数を数えて、塵による衝突の回数を割り出し、流星によってつくられた発光領域の幅 (図の円筒の直径) を測定することに初めて成功しました (イラスト:石川直美)。

 

 

 

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