観測成果

銀河系外の星にアクチノイド元素トリウムを初検出

2007年6月25日

 国立天文台・総合研究大学院大学と大阪教育大学の研究グループは、約22万光年の距離にある「こぐま座矮小銀河」の赤色巨星においてトリウムを検出し、組成を測定することに成功しました。これは銀河系外においてアクチノイド元素を測定した初めての例で、爆発的な重元素合成が、銀河系内の星の場合と、極めてよく似た環境で起こっていることが示されました。

 自然界に存在する元素のなかで、トリウム(Th)とウラン(U)はアクチノイドとよばれるグループに属する最も重い元素です(図1)。アクチノイドは超新星爆発のような特殊な環境で、一瞬にして合成されなければなりません。このような爆発的な重元素合成が実際にどのように起こるのか、いまだにわかっていませんが、理論モデルによれば、アクチノイド元素の合成はその環境 (反応の継続時間など) に強く左右されると予想されています。

 これまでにトリウムが星の表面に検出された例は10天体以上ありますが、いずれも銀河系内の星でした。国立天文台・総合研究大学院大学と大阪教育大学の研究者のグループは、すばる望遠鏡高分散分光器(HDS)を用いた観測で、銀河系から約22万光年の距離にある「こぐま座矮小銀河」の赤色巨星(図2)においてトリウムを検出し(図3)、組成を測定することに成功しました。銀河系外においてアクチノイド元素が測定されたのは世界で初めてです。

 この星については、鉄より重い元素の組成が相対的に高いことが知られており、爆発的な重元素合成の影響を強く受けていることはわかっていましたが、今回、トリウム組成が測られたことにより、重元素組成の全体像が明らかになりました。その結果、銀河系内でトリウムが検出されている星の組成と、驚くほどよく似ていることがわかりました。これは、爆発的な重元素合成は、銀河系内にとどまらず他の銀河でも同様に、極めてよく似た環境で起こっていることを意味しており、爆発的な重元素合成を再現する理論モデル計算に非常に強い制限を与えるものです。

 この研究論文は、6月25日発行の日本天文学会欧文研究報告誌に掲載されます。


注1: 鉄より重い元素は、原子核 (陽子と中性子から成る) が、中性子を次々と捕獲して成長することによりつくられます。この反応が星の中で何年もかけてゆっくり起こる場合には、鉛やビスマスで反応は終わりになります。中性子を捕獲する反応がごく短時間 (1秒以下) で起こる場合には、不安定な原子核を経由する反応も可能となり、反応終了後も寿命の長い原子核(232Thや238Uなど)は長期にわたって生き残ります(図1)。超新星爆発における重元素合成のモデルによれば、アクチノイドの合成量は爆発時のエントロピーや、陽子・電子・中性子の存在割合などによって一桁以上変わってくると予想されています。

注2: この星の鉄やカルシウムなどの主な金属元素は太陽の約30分の一程度しかないにもかかわらず、 鉄より重い元素の組成は太陽と同程度であることが知られていました。鉄より重い元素のなかでは、バリウム(Ba)やユーロピウム(Eu)などが測定可能です。それらの組成比から、この星の重元素は星のなかでのゆっくりした反応によるものではなく、爆発的な元素合成の結果であると推測されていました。今回のトリウムの検出により、それが決定的になりました。

注3: アクチノイド元素の組成は、星の年齢の測定に利用することが可能です。トリウムは約140億年の寿命 (半減期) をもちますので、古い星ほど組成が少なくなります。銀河系内の星に対して測定されたトリウム組成と比べると、「こぐま座矮小銀河」の星のトリウム組成は最も低いレベルにあり、この銀河の星も銀河系内の最も古い星と同程度の年齢(120億年以上)をもつことが示唆されます。しかし、年齢測定の誤差はまだ大きく、またこの星のトリウムの初期組成の推定に不定性があるため、より明確な結果を出すには年齢の決定精度の高いウランの検出が期待されます。


図1: 重元素の核図表。上にいくほど原子核に含まれる陽子が多く、右にいくほど中性子が多い。140億年の半減期をもつ(140億年で量が半分になる) 232Th (トリウム) は、アルファ粒子 (ヘリウムの原子核) を放出して228Ra (ラジウム) にかわる(青の矢印:アルファ崩壊)。228Raは電子を放出して228Ac (アクチニウム) に、さらに228Th (トリウム) にかわる (橙色の矢印:ベータ崩壊)。このような反応を繰り返して、最終的に安定な鉛(208Pb)に至る。212Bi (ビスマス) ではアルファ崩壊とベータ崩壊が同程度の時間尺度で起こるため、経路は二つに分かれる。逆に、重い安定元素である鉛(Pb) やビスマス(Bi)からトリウムまでの間には、生まれてもすぐに壊れてしまう非常に不安定な元素がいくつも存在しているので、トリウムなどのアクチノイドを合成するには爆発的な元素合成が必要とされる。


図2:こぐま座矮小銀河。画像はDSS(宇宙望遠鏡科学研究所)によるもので、元データはパロマー天文台サーベイ (カリフォルニア工科大学) より。視野は14分角x14分角。矮小銀河の星の密度は低く、この銀河までの距離は比較的近い (約22万光年)ため、一見しても銀河の形ははっきりしない。



図3:「こぐま座矮小銀河」の星(COS82)に検出されたトリウム(Th)吸収線。矢印のところで光の強度が低くなっているのは、星の表面に存在するトリウムが、星の内部から放射された光を吸収していることを意味しており、吸収が強いほど表面のトリウム組成が高いことになる。この星は赤色巨星で、見かけの明るさは約17等級。データはすばる望遠鏡のHDSを用いて3時間の露出時間をかけて取得された。


 

 

 

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