観測成果

最大スケールのクエーサー重力レンズシステムを発見

2003年12月17日

この記事は東京大学のプレスリリースを転載したものです。
(転載元: http://www-utap.phys.s.u-tokyo.ac.jp/press/lens/)


概要

  今回、我々日本のグループ (稲田、大栗) がリードするスローンデジタルスカイサーベイ (SDSS) の重力レンズ探索グループは、今まで知られているうちで最も強く曲げられたクエーサー重力レンズ像を小獅子座の方向に発見しました。この発見には、すばる望遠鏡とケック望遠鏡の観測データが重要な貢献をしています。この結果は、2003年12月18日発売の英国科学雑誌 Nature に掲載されます。

  アインシュタインの一般相対論によれば、重力の強い天体の回りの空間は大きくゆがんでおりその周囲を通過する光の経路が曲げられてしまいます。例えば、クエーサー (注1) のような遠方にある明るい天体から発せられた光が、何十億年もかかって地球に到達するまでに重力の強い銀河や銀河団 (注2) のような天体のごく近傍を通過する際、本来は地球には到達しない方向への光が曲げられてしまい、結果として見かけ上複数の像が観測されてしまうことがあります。これが重力レンズです (図1参照)。

  今回発表された重力レンズシステム SDSS J1004 の場合、我々から約 98 億光年 (注3) の距離にあるクエーサーが、途中約 62 億光年の距離にある何と太陽の 300 兆倍程度の質量を持つ巨大銀河団によって重力レンズを受けて、4つの像をつくっています。その像の間の距離は、14.6 秒角 (注4) で、今まで知られていた 80 個程度のクエーサー重力レンズの離角の記録を一挙に2倍以上更新しました (この角度を本来のクエーサーの位置で計算すると、最大 41 万光年離れたような4つの天体が見えていることになります: 図1参照)。その理由は、今まで知られていたクエーサー重力レンズはいずれも、単独の銀河によって引き起こされていたものであったのに対して、今回は初めてのそれらの一つ上の階層である銀河団による重力レンズシステム発見であるからです。実はこのような銀河団スケールの重力レンズは標準的な暗黒物質 (注5) モデルからその存在が予言されていたにも関わらず、これまでは未発見のままで大きな謎であるとされていました。今回の発見は、この理論予言の正しさを初めて実証したとともに、新たな種族の重力レンズ現象の存在を確立したという大きな科学的意義を持っています。

  日米独の国際共同観測プロジェクト・SDSS は、米国ニューメキシコ州アパッチポイント天文台の専用 2.5 m 望遠鏡を用いて、銀河とクエーサーの全天宇宙地図を作り上げようとする壮大な観測プロジェクトです。しかし、SDSS の 2.5 m 望遠鏡では、重力レンズシステムの候補を挙げることはできますが、それが本物かどうかの確証は得られません。このため SDSS 重力レンズ探査は、別の大型望遠鏡による追観測によって初めて完結します。そこで我々 (稲田、大栗、須藤) は、2003年5月29日、国立天文台天文学データ解析計算センターの市川伸一助教授とともに、口径 8.2 m のすばる望遠鏡で撮像観測を行い、この4つの像と天球上で同じ位置にある巨大銀河団を発見し、重力レンズ源を特定しました (図2参照)。この結果、世界で初めての銀河団によるクエーサー重力レンズシステムの発見を確定したことになります。また、ほぼ同時期に同じくハワイ州マウナケア山頂にあるケック望遠鏡での分光観測によって、この4つの像のスペクトル (注6) が一致することが示され、やはり、同一のクエーサーによる重力レンズ像であることを強く支持する結果となっています。

  今回の発見は、SDSS、すばる望遠鏡、ケック望遠鏡という3つの施設を極めて有効に活用することで成し遂げられたもので、とりわけ、すばる望遠鏡の集光力の威力を遺憾なく発揮した成果です。それによって、標準的な暗黒物質モデルの正しさがほぼ証明されたことになります。さらにこの最大離角というユニークな特性を利用して、銀河団の質量分布を推定し暗黒物質の性質を探る、4つの像を定期的にモニター観測してクエーサー中心のブラックホールの活動性を調べる、レンズ間の遅延時間から宇宙の距離尺度を正確に推定する、などなど、従来達し得なかったような信頼度の高い観測的研究が可能であり、今後さらに多くの観測的/理論的研究が期待されています。


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図1: 今回のクエーサー重力レンズシステムの概念図。
(クレジット:東京大学・国立天文台)


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図2: すばる望遠鏡によるSDSS J1004周辺のイメージ。 (クレジット:東京大学・国立天文台)


発表者

  • 稲田 直久 (東京大学理学系研究科物理学専攻 博士課程三年)
  • 大栗 真宗 (東京大学理学系研究科物理学専攻 博士課程二年)
  • 須藤 靖 (東京大学理学系研究科物理学専攻 助教授)

  • (注1) 非常に遠方にある明るい天体。中心には太陽質量の約 10 億倍から 100 億倍の質量のブラックホールがあると考えられている。
  • (注2) 銀河がおよそ 100 個から 1000 個集まった天体。ちなみに銀河は約 1000 億個の星が集まったもの。
  • (注3) 距離を表す単位。光が1年に進む距離が1光年で、1光年は約 10 兆キロメートル。
  • (注4) 1秒角は1度角の 1/3600 倍に相当する角度。
  • (注5) 宇宙の物質の8割以上を占める、見えない物質。電磁波 (光) では観測できず、その正体は依然として謎である。
  • (注6) どのエネルギーの光が我々のもとにどれだけ届いているかを観測したもの。これが同じであるということはもともと同じ天体であるということを意味するので重力レンズ像であることを強く支持することになる。


関連リンク


研究者向け情報

より詳しい情報については以下の論文を参照してください。

  • "A Gravitationally Lensed Quasar with Quadruple Images Separated by 14.62 Arcseconds", N. Inada, et al., Nature, 426, 810 (2003) [arXiv:astro-ph/0312427]
  • "Observations and Theoretical Implications of the Large Separation Lensed Quasar SDSS J1004+4112", M. Oguri, et al., ApJ, 605, 78 (2004) [arXiv:astro-ph/0312429]



 

 

 

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